★★★★自己紹介は★★★★
★★★★こちらから★★★★
月曜の朝から
不思議な気持ちにさせてごめんだけど、
世界はあなたの脳の中にしかない。
例えば、あなたの家のお向かいさんが、
「引っ越ーせ、引っ越ーせ。さっさと引っ越ーせ!」
と叫ぶおばさんだったとする。
月曜日の朝っぱらから、そう叫んでいる。
あくまでもノンフィクションでの話。
とにかく、いないと思うけど、こういうおばさんがいたとする。
そうだな、仮に「騒音おばさん」という名前にしておこう。仮にね。
月曜の朝から、頭にきんきんと、騒音おばさん(仮)の声は突き刺さる。
では、このうるさい声(音)を鳴らしているのは、一体誰だろうか?
騒音おばさん(仮)?
それが実は違うのだ。
音を鳴らしているのは、
あなたの耳(鼓膜)であり、
あなたの脳だ。
つまり、騒音おばさん(仮)の声を、この世界に存在させているのは鼓膜であり、脳なのだ。
確かに、騒音おばさん(仮)が
声帯を震わせて、
「引っ越ーせ、引っ越ーせ。さっさと引っ越ーせ!シバクぞ!」
と声を出している。
だが、その声はまだ「音」として存在しているわけではない。
なぜなら聞く者がいないからだ。
聞く者がいて、
聞かせる音はようやく存在できる。
騒音おばさん(仮)が声を出しただけ、なら、その声を認識する者がいないため、
“音が鳴った”とは言えないのだ。
では、続いて。
いよいよ、その声(音)が聞く者の耳の間近にやってきた。
しかし、それでもまだ、
“鳴った”とは言えない。
その音の振動は耳の近くにあるだけであって、鼓膜には侵入していないからだ。
ここでもまだ聞く者が登場していない。
耳からしたら、エサをお預けにされている犬みたいな心境とでも言っておこうか。
とにかく、音を「音」として認識されているわけではない。
さぁ騒音おばさん(仮)が、
いよいよ、鼓膜に到達!
ここでようやく
「引っ越ーせ、引っ越ーせ。さっさと引っ越ーせ!シバクぞ!」
という音は世界に現れる。
鼓膜が捉えた「音」を電気信号として脳に送って、ようやく騒音おばさん(仮)の完成なのだ。
だからこそやはり、音を鳴らしているのは、
騒音おばさん(仮)ではなく、
あなたの耳であり、
脳だということ。
音だけでなく、これと同じように、
目の前に見える景色や物体自体には、色はない。
いや、あるけど、まだあるだけ。
見る者が登場していないため、
存在しているだけだ。
だからこそ、目の前の景色や物体に、
色をつけているのは
あなたの目であり、脳である。
匂いもそうだし、
手触りもそう。
味だってそうだ。
世界を構成するすべてが、
あなたの器官を通して脳に入ることで、
ようやく“それ”は存在できている。
だから、月曜の朝から
不思議な気持ちにさせて
ごめんだけど、
世界はあなたの
脳の中にしかない。
世界のすべてを決定づけているのはあなた。
誰かにとっての騒音は、誰かにとってのハーモニー。(メビメタとか)
誰かにとっての絶景は、誰かにとっての地獄絵図。(ホラー映画とか)
誰かにとっての芳香は、誰かにとっての異臭。(香水つけすぎマダムとか)
誰かにとっての美味しいは、誰かにとっての不味い。(イモムシとか)
誰かにとっての気持ちいいは、誰かにとっての不快。(ムチとか亀甲縛りとか)
こんなふうに、事実に意味はない。
意味は変化する。
その変化の速さは、ジャニーズの早着替えを凌駕する。
そして、事実ですら、事実を事実たらしめているのはあなたなのだ。
世界を牛耳っているのは、
アメリカでも、フリーメーソンでもなく、
あなた。
だったら、世界を変えるのは簡単だ。
あなたが世界を変えてしまえばいい。
そう思うと、そうなるのだ。
逆に言えば、
世界を
変えられるのは
あなたしか
いないのだ。
世界の全てはノンフィクションなのである。







