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この世界にはまだまだ科学で解き明かせないことが山ほどある。
どうしてほとんどの人が
右利きなのか。
この理由もまた、
正確にはまだ科学で解明されていないらしい。
人類の約9割が右利きだというのに!
一説では、左側にある心臓を守りやすくするため、と言われている。
ただあくまでこれは仮説でしかない。
バスロマンにもたくさんのロマンが配合されていると思う。
だが、この右利き1つにも相当なロマンが詰まっているのだ!
科学者の研究に、引き続き期待したい。
ところかわって、絶対に科学で解明できないことは、
僕の日常にも存在する。
なぜ僕は、カタログギフトの申し込み用紙に
「幸子明太子」と書いてしまったのだろうか。
辛子ではなく、幸子。
小林幸子のほうの幸子。
かなをふると「さちこめんたいこ」。
これは最新の科学を持ってしても絶対に解明のしようがない。
なぜなら書いた本人が永田町もびっくりの“知らぬ存ぜぬ”の一点張りなのだから。
「辛」から「幸」へ。
一本の直線が入るだけ。
ただそれだけなのに、
言葉の意味を対極の彼方へと連れ去ってしまった。
書く前の自分を責めたい。
「どうしてまずシャープペンシルで
下書きしなかったのうぅぅぅ!
どうしてそんなにずぶとい油性マジックを
セレクトしちゃったのうぅぅぅ!」
失礼。自称・アメブロイチの紳士ともあろう私が取り乱した。
自分の心よ、静粛に。
さて、本などでよく出てくる表現、
「辛に一本の直線を足せば幸になる」。
すてきな表現ではあるものの、
そもそも、この「一本足す」とは、
“何”を足しているのだろうか。
つまり、この「直線」は
何を表しているのだろう?
冷静に考えると謎なのだ。
足すのは、「一」。
そして、足される土台は「辛」。
この2つをよーく眺めてほしい。
何が見えただろうか?
ちなみにマジックアイ的なことは仕組んでいないため、
焦点をずらしても無駄である。
そのことについては、予めご了承いただきたい。
では、まず「辛」について。
これは、文字をバラバラに解体すると、
「+(プラス)」の上に「立」っていると書くことが分かる。
続いて「一」。
プラスに対して「一」ときたら、
もうこれは間違いなく「ー(マイナス)」だろう。
つまり、「辛に一本足すと幸になる」は、
こう言い換えられる。
「+(プラス)」の上に立っているだけでは「辛」。
だが、そこに「ー(マイナス)」を足すと「幸」となる。
そう。マイナスを足すと「幸」。
マイナスなのに足す。
我ながら、独創的な表現。
と、ここで緊急ニュースがひとつ。
実は、小林幸子明太子のくだりで尺を割きすぎたため、
文字制限が刻一刻と迫っている。
「幸子インフォ」が必要だったかどうかはできれば聞かないで欲しい。
それもまた科学的に証明できない事象だからだ。
強いて言うなら、今思えば、手が勝手に動いた。
とはいえ中途半端に記事を終わらすわけにもいかず、
「なぜ、マイナスを足すと幸せなのか」
については、すっきり、はっきり、明快にいきたいと思う。
過去に、人気ブロガー・さとうみつろうさんの詩集を作らせていただいた。
そのタイトルに今回の答えがある。
「毎日が幸せなら、
毎日は幸せと言えるだろうか?」
毎日がごちそうなら、
毎日はごちそうと言えるだろうか?
おせちやスイーツ、
さらには高級食材で埋め尽くされる「お正月」を思い出して欲しい。
三が日が終わった頃に、その気持ちはやってくるのだ。
「ごちそうに飽きた!
ただのお茶漬けが
食べたい!」と。
ごちそうがごちそうたらしめるのは、
ごちそうとごちそうの間に、
「日常」が挟まれているからなのだ。
おにぎり、おにぎり、ステーキ、おにぎりの日々と、
ステーキ、ステーキ、ステーキ、ステーキの日々。
どちらがステーキを美味しくいただけるだろうか?
少なくとも、「後者」と答える方とは
仲良くなれそうにない。
つまり、「日常」は、
幸せへの滑走路なのだ。
平凡な毎日だなぁ、と感じているあなた。
あなたは今、幸せへ飛び立つ、滑走路を走っている。
なんて楽しみなんだろう。
「プラス」の上に立っているだけでは「辛く」、
「マイナス」と「プラス」に挟まれてこそ「幸せ」。
だから、「辛」に一本の「マイナス」を足すと「幸」になるのだ。
言葉って本当によくできている。
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