「生まれ変わり」

について、

僕は賛成派。

 

 

 

いろんなことを言う人がいるけど、

人間は実際に、「何度も生まれ変わっている」と思っている。

 

 


それは、そうでないと説明できないことがあるからだ。

 

 

 

そのことをお伝えするために、

まずは「できる」という状態について定義付けと説明をさせていただく。

 

 

 

 

「できる」ということは、

「一度やったことがあること」を示している。

 

 

 

 

自転車が乗れる条件は、

自転車に乗れたことがあること。

 

 

 

 

 

料理が作れる条件は、

料理を作れたことがあること。

 

 

 

 

パソコンを使える条件は、

パソコンを使えたことがあること。

 

 




最後にもうひとつだけ。


娘たちは最近、パパのキャン玉を蹴ることにハマっている。

でも、ちゃんと手加減をしてくれる。




怒るほど痛くないが、かなり不快。

そんな、絶妙なバランスの蹴り。




でもその巧妙な手口が使えるのは、

過去に本気で蹴ってやばい経験があるから。




その時は、文字通り、目が星になったし、

頭上にひよこが見えた。




流石にその時は娘たちも謝っていた。

だから、ちょうどいい加減を知っている。



ちょうどいい蹴りができるのは、

ちょうどいい蹴りができたことがあるから。



やはり、「できる」には、

「一度やったことがある」が隠れている。




うん、もちろんだが、最後の娘たちの例だけは無視してもらって大丈夫だ。




たまたま思いついただけだから。

たまたまだけに。



 


読者が減らないことを祈りながら、

話を前に進めよう。



 

こんなふうに「できる」ということは、

一度やったことがある証拠なのだ。

 

 

 

 

どんなことでも必ずそうなってるから、

実感のために、ぜひ、身の回りから探してみてほしい。

 

 

 

 

さてここからが今日の本題。

 

 

 

 

では、なぜ人間は、

「生まれること」が

「できる」のだろうか。

 

 


 

出産を経験したり、身近に赤ちゃんのいる人ならイメージできるはず。

 

 

 

あんなにも小さな命が、

母と力を合わせてではあるものの、1人でお腹の中から生まれてくる。

 

 

 

 

「生まれ方」を

誰に教わったわけでもないのに、

なぜか「生まれられる」のだ。

 

 

 

その理由は、明白である。

それは、過去に人は

生まれたことがあるからだ。

 



 

過去に生まれた経験があるからこそ、

人は生まれられるのだ。

 

 

 

 

加えて人は、死んだことがないはずなのに、

死ぬこともできる。

 

 

 

人生で一回しかない

この「死」という名の経験。




なのに、死ぬのを失敗する人はいない。

 

 


 

その理由は、明白である。

それは、過去に人は

死んだことがあるからだ。

 

 

 

 

 

そう思うから、「生まれ変わり」について、

僕は賛成派。

 

 

 

ただ、ここで勘違いして欲しくないのは、

何回も生まれ変われるなら、

無駄に人生を生きたっていいんじゃないの案件について。

 

 

 

ここは、せっかくなので、

『かみさまは小学5年生』を書いてくれた

すみれちゃんの言葉をお借りして、今日を締めくくりたいと思う。

 

 


すみれちゃんは当時、本のために、

こんな言葉を届けてくれた。

 

 










「生まれ変われるけど、

今世は一度きりだよ!」

 

 

 

生まれ変われたとしても、

まるっきり同じ「今のあなた」が

存在できるのは、今世が最後なのだ。

 

 

 

そう。生まれ変われることと、

人生を無駄にしていいことは、全く別の話。

 

 

 

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