先日とある著者のトークショーにて、司会進行役をやってきた。

 

 

 

 

ただコロナ禍の影響もあり、席数は半分になるし、

体温測定とマスク着用を義務付けられた異様な雰囲気だった。

 

 

壇上に上がると、さっそくその異様さがネックになった。

 

 

 

 

聞く人全ての「表情」がマスクで隠れているため、

楽しいのか、それともつまらないのか、まったく反応が分からないのだ。

 

 

 

 

困った。



司会をする以上、「今日の観客」が求める答えを

登壇者から聞き出さなくてはいけないからだ。



 

 

 それなのに、その判断材料となる表情が全く見えないときた。



 

まるで、目隠しされた状態で、

徒競走をさせられている気分に陥った。

 

 

 

 

しかも、与えられた時間はなんと大ボリュームの3時間。

 

 

 

これは、牛丼の上に、海老天と、トンカツを乗せた上に、お通しにナポリタン、デザートにホールケーキが出てくる感じ。

 

 

 

 

観客のマスクが、僕には文字通り「壁」に見えたし、

時々、「能面」にすら見えた。

 

 

どこを見てもそこに人間由来の表情はなく、

マスク、マスク、マスクの大応酬!

 

 

残り30分のところで、脳内にZARD『負けないで』が流れていたし、

残り10分にもなると、いよいよ『サライ』が流れ出した。

 

 

 

それでも、なんとか走り切った3時間。

 

 

 

 

今日のトークショーは楽しんでもらえたのだろうか?

そんな不安は残しつつ、それでも走り切った。

 

 

 

大仕事を終えて、控え室に帰ろうとすると、

1人の観客の方が、「おつかれさまです」と声をかけてくださった。

 

 

 

そして、続けてこう言うのだ。

 

 

 

「今日のトークショー、

勇気を出して、聴きに来て、

本当に良かったです!

ずっと爆笑してました」と。

 

 

 

 

驚きふためいた。

 

 

 

 

「微笑み」ならまだしも、

能面に見えたそのマスクの下は「爆笑」だったのだから。

 

 

 

 

それ以来、僕は街を歩いていると不思議な気持ちになる。

 

 



街中、どこを歩いても、

マスクが人々の口元に蓋をしている。

 

image

 

 

だけど、あのマスクの下では、

ひっそりと爆笑しているかもしれない。

 

 

 

マスクなしで、

街の中、1人で爆笑していては、ただの変態。

 



ところが、思わぬ形で誕生した、

口元のプライベート空間=「マスクの下」のおかげで、今は爆笑し放題。

 

 

 

そうやって、世界を眺めると、

なんだか、おかしい気持ちになってくる。

 

 

 

 

電車に乗っているあのサラリーマン。


目元は、見られることを意識してか、

眉間にシワを寄せ、緊張感を演出している。

 

ところが、マスクの下のプライベート空間では、爆笑している。

 

 

 

 

朝、ランニングを楽しむランナー。

目元は、自分を追い込んでいると主張するためか、疲労感を演出している。

 

ところが、マスクの下のプライベート空間では、爆笑している。

 

 

 

嘘だと思って、そんな意識で、今日、街中を眺めて見てほしい。



本当に全員が全員、

マスクの下でひっそり笑っているように見えてくるから。

 

 

 

隠すことで、見えてくるものもあるのだ。

 

 

 

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