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進化論の研究によると、
「不安」は、人間が進化する上で
非常に重要な役割を担ってきたと言われている。
「不安」とはつまり、
「未来に対する心配」のこと。
ここで、「不安」が存在しない世界を想像してみて欲しい。
例えば、原始時代にタイムスリップして、
獲物が目の前に現れたとする。
ところが、獲物の先に目をやると、
そこは断崖絶壁。
要は、「獲物」を、狩人と断崖絶壁で
挟むような位置関係。
落ちたらひとたまりもないことは、
まるこのクラスメイト・山田くんが見ても、
一目瞭然である。
しかし、先ほどもお伝えした通り、
ここは「不安」のない世界。
未来に対する心配が全くない狩人は、
「崖」という名の危険が迫ろうが、
獲物に猪突猛進してしまうのだ。
「そんなことしたら死にますよ?」
なんて忠告は、狩人にとっては愚問中の愚問。
なぜなら、「命の危険」なんぞ、
その狩人にとっては、関係のない話だからだ。
それよりも狩人にとって重要なのは、
今晩のおかず。
ヨネスケもびっくりなほど、晩ご飯に貪欲。
「目の前に獲物がいるのに、
どうして未来の心配をする必要があるんだい?」
と言われるのが関の山だろう。
この進化論の研究から、
まちがいなく言えることが1つある。
火サスの女王であられる片平なぎさ氏は、
これまで、幾度となく「断崖絶壁での撮影」を経験されてきた。
それでも今もなおご存命なのは、不安があったからこそなのだ!
違うか。
何にせよ、僕たち人類の「今」が存在するのは、
人類に「不安」という機能があったからこそ、ということがお分かり頂けたと思う。
ただそんな進化論の研究を抜きにしても、
「不安」が存在していて、
本当によかったと思っている。
もしも自分に「不安」という機能がなければ、
「他人がどんなことで不安になるのか」
を全くイメージできなかっただろうからだ。
「この言葉を言ったら傷つくだろうな」と
思えることのガソリンの主成分は、「不安」。
もしその想像力がなかったら、
それこそ、きっとたくさんの人を崖から落とすことになっていたと思う。
平気で人を傷つける「兵器」と化していただろう。
「不安」があるからこそ、言葉を濾過してから発することができているのだ。
「不安」があるってなんだかあったかい。
「思いやり」と「不安」は、国語辞典的に類義語だと思う。
今日も「不安」で
いっぱいのあなたは、
優しさの天才なのだ。
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