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★★★★こちらから★★★★
昨日のお昼に突如アップした
「サンタプロジェクト」の記事。
突然のお願いにも関わらず、
たくさんの暖かい声、
ありがとうございました!
申し込みは終わりましたが、
引き続き、素敵な活動を
1人でも多くの方に知って欲しく、
昨日の記事のリンクを
貼り付けておきます。
さて、それでは本日の記事と参りましょう。
******************
人間は近い未来、
AIに乗っ取られる。
そう言われ始めて、何年が経つだろうか。
人間が行うほとんどの仕事がA Iに奪われ、
人間の存在価値が奪われていく、という具合に。
そもそも「AI」とは、人工知能のこと。
人間が作り出した知能で
人間が存在意義を脅かされているとは、
なんて皮肉な話だろうか。
ただ、最初は、
そんなの映画の世界の話じゃないのー?と、
ところが最近、本当に乗っ取られるんじゃ、
実際に身近なところで仕事を奪われている人が
出始めているからだ。
例えば、僕がいる出版界。
ここ出版界においてもAIの触手は
にょきにょきと生え始めている。
本の大半を構成する「本文」。
この本文の完成させるためには、
2つの山の登り方がある。
ひとつは、著者本人が書く方法。
そして、もうひとつが、
取材によって作る方法。
後者は、取材の際にレコーダーで音声を録音し、
後日、
この文字起こしは、すべて人力。
音声データを人間が聞き、
そして、手作業により文字化していく。
すべて人力。
いや、
すべて人力だった。
…これまでは。
今や、しゃべると同時に
文字起こしを行うソフトがリリースされており、
僕の会社も例外ではなく、導入されている。
「人力」であれば、どれだけ早くても
取材のテキストデータ完成までに
1週間は要する。
ところが、この文字起こしソフトを使えば、
テキストデータの完成は、
取材が終わったと同時。
どちらのほうが需要があるかは
言わずもがなだろう。
これは、そんな文明の利器=同時文字起こしソフトによって、
文字起こしを行なっていた時の話。
取材終わりに、文字起こしデータを確認すると、
所々、おかしな言葉が混じっているのがわかった。
例えば、文脈から読み解くに、
「ミトコンドリア」だろう箇所は、
「糸こんにゃくドリア」になっているし、
「閉まるの早そう」だろう箇所は、
「閉まるのはよそう」になっている。
言葉は面白いもので、
文字がほんの少し違うだけで、
意味は対極の彼方へと連れていかれる。
そこで、業者にどうしたものかと
問い合わせたところ、
次のような驚きの回答が返ってきた。
「岸田さんが、
A Iが読み取りづらい話し方を
しているようです。
だから、文字起こしがうまくいかないんです。
今後は、A Iが聞き取りやすいように
ゆっくり、はっきりと、
話しかける心がけをしてもらっていいですか?」と。
ゾッとした。
人間がAIに合わせなければいけない時代がそこまで…
ではなく、もう来ているっ!
今思えば、業者の人すら
もう人工知能だったのかもしれない。
その日を境に、僕は人間界存続のためにも
「人間にできて、
人工知能にはできないこと」
を探し始めた。
まずその答えを探るために連絡をしたのが、
開発マンの友人。
大学時代からの付き合いで、
彼は、今まさに「人工知能」の研究をしている。
持つべきものは友。
ところが、文字起こしの一件もあって、
彼すら人工知能になってやしないか心配だった。
でもそれはただの取り越し苦労だった。
なぜなら、彼は会話を始めてものの5分で、
最近のセクシー女優事情について
とうとうと語り始めたからだ。
違う意味で
心配になった。
彼が、セクシー女優について一頻り話し終え、
気持ちよくなっているところで、本題に入った。
「なあ、人間にできて、
人工知能にはできないことって
なんかないの?」
すると、先ほどまで
煩悩の塊でしかなかった彼が、
別人のように話し始めた。
「確かに人工知能ってすごいよね。
今や、小説ですら書き始めてるし。
人工知能に作れないものは
これからなくなっていくと思う。
だけどね…」
と彼。
やはり、人工知能に作れないものは
なくなっていくらしい。
ただ、彼は言葉の最後に「だけどね」という、
接続詞をチョイスした。
「だけどね」に託された人間界の未来。
そのあとに続く言葉に、一縷の望みをかけて、
彼が口を開くのを、息をのんで待った。
「確かに、人工知能は、
人間よりも美しいものを
作ると思うよ。
例えば、芸術品を作るにしたって、
圧倒的に人間を超えて美しく、
精密な作品を生み出すだろうね。
ただ、人工知能には
その作品を美しいと思うことは
できないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
「ただ、人工知能にはその作品を美しいと思うことはできないんだ」
僕の脳にはこの言葉が何度も何度もリフレインしていた。
それはまるで、映画「マトリックス」の
オープニングで見た、あの緑色の世界のように。
彼の言うことはつまり、
こうとも言い換えられる。
AIは美味しい料理は作れるが、
それを美味しいと思うことはできない。
AIは便利なものは作れるが、
それを便利と思うことはできない。
AIは頑丈な建物は設計できるが、
それを頑丈と思うことはできない。
AIはお洒落な洋服は作れるが、
それをお洒落と思うことはできない。
そう。僕たちを人間たらしめているのは、
想像の力。そして、創造の力。
クリエイティビティは人間最大の武器である。
いや、「クリエイティビティ」なんて
カッコつけた言葉では、
ニュアンスが伝わりづらいだろうから、
平たく麺棒で引き伸ばそう。
「あ!いいこと
思いついた!と思う力」
とでも言わせていただく。
朝起きて、パンに納豆とチーズを
乗せて焼いたら美味しいのでは?
と好奇心を掻き立てるのが人間らしさ。
そして、この上着とパンツを合わせたら、
今時のシティボーイになれるんじゃ?
と自惚れることが人間らしさ。
さらに、
娘が昨日よりも可愛いと思う理由を探すこと、
少しずつ冬に近づいてきた朝日を美しむこと、
この洗い物さえやっておけば、妻の機嫌がとれるのでは?と、企てること。
ほんの短い朝にすら、
人間らしさは
たくさん潜んでいる。
そして、その人間らしさこそが
僕たち人間の未来。
AIに乗っ取られる心配なんてない。
「あ!いいこと思いついた!」と、
思い続けてさえいれば。
ただそれだけで、
人間は誰もがクリエイターであり、
AIには到底及ばない存在となるのだ。
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