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その日、東京は激しい雨に襲われていた。

 

 

 

 

僕はそれを会社のデスクから眺めていた。

 


 

アスファルトをたたきつける雷雨は、

ここビルの6階まで聞こえてくるような激しさ。

 

 


そんなこともあって、


「自然が生み出した和太鼓みたいだねー」


なんて、隣のデスクに座る同僚と

呑気に話していた。

 

 

 

ところが、呑気な気持ちとは裏腹に、

「止んで欲しい」と思う、

切実な理由もあった。

 

 

 

この日の「夕方のスケジュール」を

埋めていたのは、

取引先との新規プロジェクトの打合せ。

 

 


会場は、その取引先の会社だった。

会社からは電車で20分ほどところだろうか。

 

 

 

数時間後には、

会社を出発しなくてはいけない。

 

 

 

窓の外をもう一度確認してみる。

だが、太鼓の演奏は一向に止む気配はない。

 

 

そんな折、取引先から一通のメールが届いた。

 

「うちの事務所、

駅から遠いし、

こんな雨だから、

濡れるの申しわけなくて。

日にち変えませんか?」

 

 

本音で言えば、憂鬱とはいえ、

「雨」というだけでは、僕にとって

「中止」の理由にはならなかった。

 

 

ただ、せっかくいただいた「優しさ」だし、

その気持ちがとにかく嬉しくて、

僕はそのぬくもりを

まるごと受けとることにした。

 

 

 

 

さて、打ち合わせがなくなった家路にて。

 

 

 

 

まだまだ雨は降り止む気配はなかった。

 

 

そんな中、とある交差点で

僕の視界に入ったのは、

交通整理をするおじさん。

 

 

 

なぜ視界に入ったかと言えば、

そのおじさんの様子に驚いたからだ。

 

 

こんな大雨の中、

右へ左へ誘導棒を振りながら、

笑っている。

 

 

それも、満面の笑み。

 


 

雨は降り続ける。

ところが、おじさんも笑い続ける。

 

 

2つのコントラストが妙に不思議で。

一段とおじさんの笑顔を際立たせていた。

 

 

その笑顔はまるで、

地球に住む者たちを

「こっちは危ないよ〜」と、

安全な方へと誘う

神さまのような出で立ちだった。

 

 

加えて、彼の持つにこやかな目は、

雨のあとにかかる虹のようにすら見えた。

 

 

 

しかもだ。


目が合う人みんなに、

「おかえりなさい」と

声をかけているではないか!

 

 

 

雨が殴りつけるこの世界に反し、

僕の心がどんどん晴れていくのが分かった。

 

 

きっといつもの僕では、

このおじさんの笑顔に

気づけてないだろうな、と思う。

 

 

「雨は嫌だなあ」なんて言いながら、

つまさきを立てて歩き、

足下の雨ばかりを気にして

うつむき加減で帰っていただろうから。

 

 

 

いつもと違ったのは、

取引先から優しさのお便りが届いて

僕の心まで優しくなっていたこと。

 

 

 

誰かに渡す優しさは、

ほかの誰かへの

優しさの招待状なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

メールボックスを開いて、

取引先からのそのお便りに

「重要」を示す星マークをつけた。

 

 

 

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