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僕のじーちゃんは、だいぶ変わり者。

 

まあ、とは言っても今の所在地は

もう「天国」なのだけど。

 

 

実は、僕が今、編集者として本を作っているのは、

彼の影響を多分に受けている。

 

何を隠そう、彼がご健在だった頃の職業は、

古本屋の店主。

 

子どもの頃から本まみれの生活だった。

こちらが証拠写真です。

 

 

子どもの頃、

 

「大人になったら、

じーちゃんの本屋に

自分の作った本を置くんだー」

 

と言っていたらしいのだが、

本当にその夢が叶うだなんて

思ってもみなかったなあ。

 

 

ではここで、じーちゃんが

どれだけ「変わり者」だったかを紹介できればと。

 

そのためにまず、分かりやすいエピソードをひとつ。

 

じーちゃんが「遊びに行くぞー」と言って、

僕を連れ出すのは決まって、

デパートの魚売り場だった。

 

そして、魚売り場に到着すると、

じーちゃんは、

それぞれ目の前の「魚の名前」を

自分の友人を紹介するかのように、

僕に伝えてくるのである。

(何かを買うわけでもなかったから

今思えば失礼な話だよなあ。)

 

そこには、さんま君や、サーモン君など

今で言うインフルエンサー的魚も居れば、

アイナメ君や、イナダ君など

すみっこぐらしを地でいくような魚もたくさんおり、

じーちゃんのおかげで、

幼い僕にたくさんの友人ができた。

 

 

そんなじーちゃんの家に行くと、

これまた不思議なことが起きる。

 

「じーちゃん、のど渇いたから

お茶ちょーだーい」と幼い僕。

 

すると、じーちゃんが出してくるのは、

なぜか決まって、

お茶が入ったビーカー。

そう。あの理科の実験で使う

目盛りの書かれた容器、ビーカー!

 

 

今思えば、本当に不思議な行為なんだけど、

幼いながらに、ビーカーのことを

「大人しか使ってはいけない道具」

と認識していた僕は、

なんだかそれがいつも嬉しくて。

 

そのおかげもあって、

僕は小学校に入学するまでに

目盛りの読める少年になっていた。

 

そればかりか普通のコップに入った液体が、

何ミリリットルくらいかが分かる、

特殊能力を身につけていたのだ。

 

 

 

ここまで書いて思ったのですが、

端から見れば、

魚に詳しくて、液体の量が分かる、

すこし変わった少年だったかもしれないですね……。

 

赤面から逃れるべく、話を現代に戻します。

 

 

僕は今、本を作る職業をしている。

 

これまで作ってきた本は、多分だけど、

100冊くらい。

 

けっこうなところまで登ってきたなあ

とも思うし、

まだまだ頂上までは遠いなあ、

とも思ったりする。

 

ただ、この100冊たち全てにおいて、

実は共通点があります。

 

それが、

「まじめなことを

ふまじめに伝える努力」

を惜しまないこと。

 

この考えに至るには、

じーちゃんの教えが

フルに活かされていてですね。

 

きっと、理科の教科書を取り出して、

文字を駆使しながら

「目盛りの読み方」を教えたとて、

目の前の少年(孫とも呼ぶ)は、

ゲームボーイ(ゲーム少年)化していたと思う。

 

ところが、じーちゃんは、

ビーカーにお茶を入れて、

「勉強」を楽しい体験に変えてくれた。

 

それが作戦だったかどうかは

今となっては確かめようがないけれど、

事実、僕は「目盛りの読める少年」となった。

 

もしかすると、

今のさかなクンの席に僕が座って、

驚く際に「ギョギョギョ~」と

言っていた可能性だってある。

 

僕が職業として選んだ「本作り」。

この本という存在も、

読むのが辛いとか、勉強っぽいとか、

とにかく「めんどくさい」の代名詞として、

言われるきらいがある。

 

だったら、前提をどうにかこうにか

「ふまじめ(楽しそう)」に変えよう。

 

つまりは、大事なのは、正しさより楽しさだよね!

 

そう誓って、ここまで歩いてきたし、

きっとそれはこれからも変わらない、

僕のポリシーであります。

 

じーちゃん、おかげで

そこそこ売れっ子編集者になれたよ。笑

ありがとう。

 

具体的にどうふまじめに作っているのか、

については、またどこかの機会に。

 

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