【つぶやき】人間関係がうまくいかない理由がわかった | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

 

*ともみんちへようこそ*

 

 

ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。
 
真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。

 

こんにちは

 

ともみんです。

 

 


 



また、過去の話です。

 

 

 

わたしは小さい頃から

自分を守るため、傷つかないように

自己評価を低くし、

他者から認めてもらおうとしてきた。

 

 

 

他者から認められることで

自分の価値を見出そうとしていた。

 

 

 

また、

自己否定することで、

人から認められる自分に変わるための原動力としてきた。

 

 

 

いつもいつも

「今の自分じゃダメだ」というのが

前提にあって、

それが当たり前だから

 

 

”自分がすき”という子は

頭がおかしい子なんだと思っていた。

 

 

謙遜=自己否定、罪悪感

相手を尊重=自己卑下

 

だって捉えていた。

 

 

 

 

それは過去の話でもなく、

 

今でも

人から白い目で見られたり、

批判的に見られることを酷くひどく恐れている。

 


 

周りから

悪口言われているんじゃないか?

痛い人だと思われていないか?

軽蔑されていないか?

気にしてしまう。

 

 

 

そうならないように

注意して、過ごすのだけれど、




でも実際は…

失態を犯す。

 

 

 

 

 

”え?普通そうしないでしょ?”と

言われそうな状況になる。




どうしても

自分を隠しきれず

“普通”から外れてしまい、

後悔と反省と自責を繰り返してきた。


 

 


いや、それは思い込みで

周りは

何とも思っていない可能性もあるけれど(笑)

 

 

 


理想の自分でないとき、

特に

周りの目が気になる。



周りの目が気になるというのは

具体的には

白い目で見られたり、非難されること。軽蔑され、受け入れられないのでは?とヒヤヒヤする感覚のこと。


 

 




本当の自分を見られれば、

人は失望すると思っているから

ヒヤヒヤしているのだ。


 


それが続くと、

周りみんなからまるで

仲間外れにされている気もしてくる。

(自意識過剰の可能性もある)



”失態してしまった”と感じた時や

”理想とはかけ離れた自分だ”と感じている時は

 もう、気が気でない。

 

 

心を閉じ、

嫌われているという前提で

隠れるように過ごそうとする。

(しかし、この顔のせいで見つかる)




拗ねた子のような

かまってちゃんのようなその感覚がとても辛いし、

 

 

 

そういうことの繰り返しで

仲良くなった友だちから

遠かったり、

遠ざけてきたところがあると思う。

 

 


人に自分から壁や溝をつくってしまうくせ。

 

 

無意識に発動する。




 

 

 

これもそう↑

初恋と夫との話では

雪解けの涙が出たのだけれど、

 

 

 

そのほかの人間関係のトラブルや

うまくいかない感じがするのも



全て全て

 

この自分自信がゆるせない、

自分がきらい、

自分はダメだと思っている、

わたしのことなんて誰もわかってもらえない

ボロが出たらおわる、って

この大前提のもとにあるってことだと

いうからくりが見えてきた。

 

 

でもね、

からくりがわかったとて…

43歳にもなって、

今でも

人の目が怖いと感じている。



人から白い目で見られ、

ダメなやつ認定されることに

怯えている。

だから、優等生とまでは

いかなくても

標準にはまらなければって

思うの。

ー受け入れてほしいーと。



ただ、この場合の受け入れてほしい自分は

”ありのままの自分”というわけでもない。

 

 

ずっとずっと

ありのまんまの自分でいたいと

願っているつもりだった…

人の評価にとらわれないように

自分らしく!と。



口ではそう言っていたけれど

今、思えば



理想像を目指し、

理想から外れた姿を人にみられることを

ひどく恐れているのだから

 


”ありのままの自分”を受け入れてほしいと

本心では思えていなかったのだ。

 

 

隠そうとしているのだから。



自分がまず

受け入れていない。




 

 また、一方で・・・

 

頑張って成果を出し、

認められても

”いや、本当はそういう人間じゃないんで”と

言って、褒め言葉を受け取らなかった。

 


時には

”それが成果とも言えるレベルではないので・・・”

と

理想をさらに上に設定して、

わたしはまだまだなんだって

自分に“足りません”の烙印を押してきた。

 

 

 

つまり、

いつもいつも

何かを追い求めていたということ。

 

 

ありのままもダメ、

理想の自分=着飾った自分は

本当の自分じゃないからダメ、

 

 

ダメ

 ダメ!

   だーめ!

ダメ!




ダメ烙印しか持っていなかった。

 

 




 そう紐解いたときー


んんん?


おかしくないか?



と、

自分の中から

答えが出てきたんだ。



ありのままの自分って

今まで

“これが見られたら困る!”と

隠そうとしてきた自分のこと。


 

隠したい自分、

変えないといけないと思っている部分、

それが自分のありのままの姿。



嫌われる…と思い、

隠したり、取り繕っている部分を

わたし自信の要素として



まず、わたしが

受け入れてあげない限り、

誰からも受け入れられるわけがない。



周りにみせないし、



見せたら、

失態と思って

猛ダッシュで逃げるのだから…

 

 

いつまでも

関係が築けるわけがない!!!



だから、

まず

自分が自分を理解し、

自分のことを信じる。

ダメな自分を受け入れる…


その先にしか


ありのままの自分を

受け入れてもらえる世界はない、、、



人から受け入れてもらえない、

そう思っていたけれど



誰よりも

うけいれていないのは

わたしだった!!!!



人から嫌われるのではなく、

わたしが

わたしを嫌っていた!!!

 

 


また嫌われた!は

自分に嫌われた、の意だった!!!




 

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