*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
一気に秋めいて
長袖デビュー
さて、
こちらのつづき。
子どもにとって
“お母さんが笑っているのが1番”
そう聞くと、
虫唾が走るような気持ちになる日もあった。
そうなんだけど、
素直に受け取れないのは
なぜか??
笑うって
わたしにとっては
何よりも
難しいのだから。
こころの中に、確かに記憶がある。
“笑わない。笑ってやるもんか”と
決めた記憶がある。
“笑わない”と決め、
成人して、
子どもをもち、
帰省しても
笑わないようにしていた自覚がある。
なぜなんだ!?
初めて、その理由を探ってみた。
カラーセラピーカードを使い、
無意識にある思いを
言語化してみた。
“笑う”“笑わない”
自分の中にある言葉の意味を見てみた。
すると…
笑わないということは
わたしの
唯一の
反抗であり、
SOSだったー
と、浮き上がってきた。
わたしは幼少期からずっと
寂しくて、不安で、孤独だった。
家族に自分だけ馴染めていない感じも
あったし、
母親から受け入れられていない感じを
常に持っていた。
だけど、
寂しい、不安、孤独だと
言葉にして親に言った記憶はない。
強がって
“お母さん、いなくていい”と
母を遠ざける方向に言葉を発していたと思う。
本心は真逆。
弟たちばかりみないで
わたしにも目を向けてほしい。
外の友達ばかりみないで
わたしとの時間ももってほしい。
そう思っていたけれど
言えなかった。
言って、
拒絶されることの方が怖かったから。
自分から母を遠ざけ、
理想通りでない自分を演じたら、
拒絶されても
傷が小さくて済むから。
もう一つ
母親はわたしの容姿、特に顔が残念だと
言っていて、
弟を可愛い顔だといい、
溺愛しているように見えていた。
わたしの顔はお母さんにとって
不足だらけ。
特に、細い目は
笑うとさらに細くなるから、
“目がなくなる”と笑われた。
笑えば、
ますます不細工になる。
目が細いと囃し立てられる、
これ以上、嫌な思いはしたくない、
だから、笑わないー
そういう理由もあった。
いずれにしても
母に受け入れられたいという気持ちが
“笑わない”と決めさせた。
そうー
わたしは
母からの愛に飢えていて、
こちらを向いて欲しかった。
最後のSOS。
最後の砦。
捻くれているけれど
言葉にできないから
こうするしかない。
わたしが笑っていたら、
母は安心してしまい、もっと遠ざかるー
だから、
笑ってはいけない。
笑わない、不満顔でいれば
母はこちらを見る。
心配させて、
悩ませておけば
こちらをみてくれる。
小さな頃のわたしはそう考えて
笑わないと決めたということが
浮かび上がってきた。
そんな状態が長く続けば
“この子は愛想悪いから”と
母は周りにわたしのことをそう説明した。
そう言われ、
反抗して
愛想よくできればよかったのだけれど
わたしにはできなかった。
愛想よくして
不細工がもっと不細工になって
笑われるのは嫌だったし、
愛想よくしているわたしに
母が安心するのも嫌だったから。
なぜなら
気づいて欲しかったから。
わたしの寂しい気持ち、
こちらを向いて欲しい気持ちに
気づいて欲しかったし、
わたしとの時間を持とうとして欲しかったから。
ーそんな繊細な気持ちに
母が気づくわけもなくー
わたしは
笑うことをやめたまま、
成人して、
今に至るー
笑わないと決めた。
そのわたしは
ものすごく傷ついていた。
ありのままの自分を
うけいれてほしいー
その表れが
“笑わない”
だから、
わたしは笑っちゃいけない。
笑って楽しそうにしちゃいけない。
子育ても
楽しんじゃいけない。
苦労していれば
母はこちらを気にかけて
助けてくれる。
そんな思いが満たされないまま。
これがわたしの
笑わない理由であり
笑うことを許せない理由。
これ以上、
孤独になるのが怖かったんだ。
わたしにとって
笑うとは
“孤独を深めるもの”
反対に
我慢してがんばるとは
“認められる可能性をひらくもの”
だから、
がんばること、我慢することの方が
簡単にできた。
でも、今ー
定義を変える時がきた。
笑うこと
=周りと繋がり孤独から解放されるもの
に変えたい。
だって…
わたしが笑うことを
1番愛する子どもたちが望んでいるのだから。
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