「苦手やなー」と感じる人が
多い。
嫌いだなー
いややなー
と、
人のことを悪く思う自分は
ダメやなーって思っていた。
何でこんなに
嫌いな人が多いんだろう?
それは
わたしがおかしいからだ!
荒んでいるからだ。
だから、
どんな人にもいいところはあるのだから
そこをみて、
うまくつきあえるように
なりたいー!
これは、物心ついたときには
思っていたこと。
大人になってからは
“嫌いな人は
自分の鏡。
だから、
他人を見て
自分をなおなきゃ!”
と、
自分を何とかしないといけないと
思って、自分を咎めた。
最近では
さらに拗れて…
“嫌いな人が
多いのは
自分を許していないからだ。
自分をゆるせていないから、
他人が許せていないんだ!
自分をゆるさないと!!
ゆるせていないわたしはダメだー!”
と、
自分に常に
“こうならないといけない”
という、
理想を押し付けてきたなあと思う。
この負のループ…
自分を緊縛しているんじゃのか?と
思うほどの
何重にもなっている呪縛…。
解くために
あらゆる方向から
様々な捉え方を模索してきたのだけれど、
一筋縄ではいかない![]()
昨夜、
ゼロラボの配信で
またひとつ、ヒントをもらった。
あゆみさんの人付き合いの軸は
“わたしが
わたしらしくいられる人と付き合いたい。
わたしが
オープンハートでいられる人と付き合いたい”
これだと。
この視点が![]()
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目から鱗。
“嫌いな人とは付き合わない”
と
似ているけれど、ちがう!!
どうしたいか?
を
否定語を使わずに
表現✨
すると、
“わたしが
わたしらしくいられる人と付き合いたい。
わたしが
オープンハートでいられる人と付き合いたい”
そうすると、
相手が苦手だとか、嫌いだとか
相手がどんな人か?をジャッジせずに済む!!!
「相手が嫌なことをしてくる。だから
付き合わなくていい」という許可の仕方は
相手が悪い人である必要があったし、
多くの人に
共感される“嫌な人”でなければ
(前述したように)
わたしの問題か…
わたしが悪いのか…
と、
自分責めのループに入る🔁![]()
だけど
「わたしがわたしのままでいられる人と付き合いたい」
に変えると…
誰にでもオープンでいられない自分を
一旦、認めることができた。
相手を嫌いな奴に仕立て上げる必要がなくなった。
あれ!?
何!?笑![]()
わたしは
どうやら…
その人のことが
嫌いなのではなく、
その人といる時の
自分らしくいられない感覚が
心地悪いと感じているだけ
の場合も多々あったんだと
気づいた。
そしたら、
絡まっていたものがひとつ、解けた。
(突き詰めると、
その人のことは
苦手だと、感じたから
こころを閉じる。
だから、嫌いは嫌いなんだけど
“嫌い”という言葉の定義が
わたしの中で偏っているため、
拗れているのかも笑)
(色々と
精査したいところはある)
“居心地の良し悪し”
を
つきあっていきたいか?の
基準にすると
人を選びやすくなった。
ふしぎだ。。。
“居心地の良さ”で選ぶのは
“どんな素材の布団が好みか?”の
感覚と
同じようになり、
選ぶことへの
罪悪感が減った。
“人を選んでいい”
“みんなと仲良くしなくていい”は
好きな素材の寝具を選んでいい。
羽毛と毛布と綿布団…
全部買わなくていい
レベルで
許可できた😆
ほんの少しの視点の変化!
言葉の使い方で
自分を力が抜ける…
ひゃーすごい!!
あゆみさんの配信は
同じような拗れ、プライドをもっていたあゆみさんだから、
わかりやすい。
おかげで
年末年始の帰省…
いつもより、楽になるかな。
