25歳。
周りのママはもう少し年齢が上で
みんなすごくできる人に見える。
子どもとの過ごしかたもゆとりがあるように見える。
「なんでみんな大変そうじゃないの?
わたしだけ、悲壮感漂ってる」
かつての友達は
「〇〇いったよー」
「仕事、いまこんな感じー」
ととても華やかに見え、
元気はつらつ。
あーあー私だけ暗い。
どこにいても
「イケテナイわたし」にうんざりした。
「こどもがいるから仕方ない」
「うちの子は小さいから手が掛かる」
「うちの子は寝てくれないからしんどい」
「3つもアレルギーがあるせいで適当にはできない」
うちの子が普通じゃないことが
わたしを
苦しめているー
そう思っていたんだよね。
「普通」
「普通から外れるとつらい」
学生時代の古傷も蘇ってきて、
一層くるしかった・・・。
わたしが普通じゃないから、
こどもも普通じゃない。
普通じゃないからダメ。
と同時に
「大変な思いをしている」=「楽をしていない」ことが
プライドを保つことができたんだよね。
がんばっている自分だから
生きていていい。
そんな気持ちがあなたから痛いほど
伝わってくる。
「楽しちゃいけない。さぼっていると思われたくない。
がんばっている自分じゃないとなめられる」
わからないこと、
不安なことが山盛り。
こわいし、不安でだれかにSOSしたいけど、どこにSOSできるというの??
と噛み付くような目。
みんなが楽しそうでうらやましいくせに
「わたしの方が若くしてこどもにも恵まれてしあわせなんだ」
「いいよね、普通で。わたしだって普通だったら、もっと力ぬいてるもん」
と頭で思っている。
楽しそうなのはうらやましかったけど、
楽しみたいとは
思っていない。
「楽しめるわけがない」と決めているー。
苦労していることが
あなたを保っているようにみえるー
痛々しいけれど、
あなたから
「がんばる」を除いたとしても
「罪悪感」が襲いかかるようにやってくるだろう。
「気楽に生きることへの罪悪感」があなたの中にある。
なぜ?
なぜなの?
と聞いたとしても
あなたは答えてくれないだろう。
「気楽に生きる」という言葉があなたの中には
存在すらしないのだから。
「がんばる」「苦労する」「乗り越える」
子育てとはそういうもの。
母親とはそういうもの。
自分をいかに犠牲にできるかが
いい母親だと
あなたは信じて疑わない。
38歳のわたしは
声をかけたいし、
その思い込みを変えなければ
あなたは笑えないよって思うけど
でも
何もいわないよ。
なぜなら、
あなたは自分で気づけるから。
あなたは
自分で自分を幸せにするちからがあるから。
わたしが何か言う必要もないし、
教える必要もない。
あなたは自分を救える人だって
わたしは信じているし、
実際にそうだから。
待っているからね。
38歳のわたしより。