記憶にあるのは、幼稚園、いや小学1年生の頃。まさに埼玉県川口市に住んでいる時。
某常夏の島へ訪れた際、母親から言われたこと。
マクドナルドで買ってもらった自分の顔程も大きく感じられたビッグマック。

記憶にあるのはそれ1つで1,500円くらいする、ということ。
それを忘れるな、と言われました。
衝撃でした。
帰国後、当時のテレビCMで「牛丼ひっとつぅで~、はっちじゅぅ~ねん~」と流れており、築地市場の屋号吉野家というあばら家のお店の並盛牛丼が300円でした。

マクドナルド銀座(日本第1号)店(銀座三越店)は未だ健在で、そこで買えたビッグマックは300円未満くらいだと思います(違ったらごめんなさい)。
何故日本より、アメリカの方が5倍も高いのだろう、それが不思議でした。
母親曰く、それが国の経済の力、つまり豊かさだ、ということを忘れない様に と。
1980年代:昭和50年代は、アメリカは日本の5倍豊かなんだ、と理解していました。
その後バブル期に入り、日本人は贅沢に味を占め、大学生の時の夏休みに行ったムラノ島(ベネチア)で買ったワイングラス6点セットを買った時にお店のお兄さんから言われたこと。

「この値段は僕たちがもらう1か月分の給料と同じなんだ。」
もうこれは衝撃的な言葉でした。訊いてもいないのに言われた痛撃。
当時イタリアは急激なインフレに悩んでいて、ユーロ導入直前は、ゼロがいっぱい並んだリラ紙幣が印象的でした。
30年近く前だと3つほどバイトを掛け以て、家庭教師除くとセブンイレブン南浦和駅前店で時給1,260円。
月22万円ほどテキトーにバイトしても稼げました。
私の様なウンコヤローの大学生のクソ餓鬼でもプラダの本店にもフェラガモの本店にもジョルジオやジャンニの本店にも、そして、シークレットサービス常駐のブルガリ本店にだってウェルカムで入れた時代。
車だって改造費用に300万円かけても、バイト分割でどうにでもなりました。
今では考えられないと思いますが、記憶にある限り日本の豊かさが最強だった時代(1995年くらい?)、
1ドル=79円
が間違え無くあって、この円が強すぎる状況が、バブル崩壊後の円高が、日本の息の根を止めてしまいました。
しばらく続く円高は円高不況と呼ばれる時代、大学生就職氷河期とも言われた時代、私が就職活動をする時は、多くの友人知人はこの時代が元祖となる非正規雇用に甘んじたという経緯があり、我々の世代の事を恵まれない就職氷河期時代の若者として社会現象の様に言われていました。
ANAの客室乗務員は全員が非正規雇用でスタートしていた時代。
当時のあれだ、お付き合いしていた人も非正規雇用でスタートのだけど、その年に採用された方は一人も正規雇用になれずに全員満期解雇。
まさに社会全体から、そして時代の潮流から厳しい洗礼に遭っていた時。

そんな中、某政治家が発言した、「2位じゃだめなんですか?」
この言葉を耳にした時、日本の終焉が加速すると誰もが思い、やる気スイッチを降ろしてしまったかと。
悔しいというか、情けないというか、この言葉の罪は想像以上に国力を減衰させる要因になったと思っています。
前置き長かった。
本日はマクロ経済の話をさせてください。
私たちが普段何気なく暮らしている中で、なかなか実感が湧きにくい「日本という国の国力の弱さ」を、数字で突きつけられるお話です。
日本人の努力や、この国の価値がもっとも如実にあらわれる指標。それが「為替相場」です。
現在の経済において、その国の通貨の価値、すなわち「国力」をそのまま表すものとして、これ以上適切なものはないでしょう。
これを分かりやすく実感させてくれるのが、世界中で同じ品質のものが販売されているマクドナルドの「ビッグマック」の価格比較です。現地でビッグマックがいくらで売られているかを見ることで、その国の購買力(国力)をダイレクトに比較することができます。
かつて日本には、「円さえ持っていれば、世界中どこへ行っても豊かに振る舞えた」時代がありました。
しかし、今はどうでしょう。円を持って海外へ出ることは、そのまま「自分の給料の価値が、他国の半分以下しかない」という残酷な現実を突きつけられる旅に変わってしまいました。
私たちはまず、この現実を直視しなければなりません。
現在、東京・大阪のビッグマック価格「480円」を基準とした時、世界各国での価格(日本円換算)と、日本と比べた時の倍率は以下の通りです。ここにはあえて特別な観光地補正をかける必要もないほどの、圧倒的な格差が存在します。
欧米では軒並み「1,000円超え」が当たり前。かつて発展途上国と呼ばれた国々や新興国と、いまの日本はほぼ同じ水準の物価になってしまっているのです。
日本の地位低下の歴史を振り返ると、かつての民主党政権時代における蓮舫氏の「2位じゃダメなんですか?」に象徴されるような、競争を否定する姿勢が地続きで今に影響していると感じざるを得ません。
では、失われた30年と言われるバブル崩壊後の、「円高不況」と叫ばれていた1997年当時はどうだったでしょうか。
世界のビッグマック価格比較(1997年6月当時)
当時の日本の価格「410円」と比較してみます。

1997年当時、すでに日本の衰退の兆候は始まっていたのかもしれません。
しかし、東京の410円とニューヨークの466円は、まだ「ほぼ同じ土俵」にありました。
それが約30年経った2026年にはどうでしょう。
「1,018円 vs 480円」という、埋めがたい断絶が生まれてしまいました。
この「世界が豊かになる一方で、日本だけが停滞(あるいは衰退)し続けた30年」という事実に、私たちはいい加減、目を向けなければなりません。
最大の問題は、中高年世代がこの「かつての栄光の記憶」から抜け出せず、今の若者がどれほど不条理な苦労を強いられているかをほとんど理解していないことです。
「かつての豊かな日本」の記憶を持つ世代と、「安すぎる物価=買い叩かれる国」の現実に生きる若者世代の間には、もはや共通言語が存在しません。若者が感じている「生きづらさ」は、彼らの怠慢によるものではありません。日本という国家の購買力が、かつての水準から大きく剥離してしまった結果なのです。
いくら「物価高だ」と外に向けて文句を言ったところで、これは日本国民自身が積み上げてきた成果が世界に評価されていない、報われていないという証左にほかなりません。私たちは、過去の成功体験や価値基準で物事を判断すること、そして「すべてを政治だけのせいにする」ことを、今すぐ辞めるべきです。
では、なぜこんな国になってしまったのか。
その元凶は、前述の通り政治のせいというよりも、政治の手が及ばない「私たち自身が作り上げた「平等を目指した」社会制度」に起因がありそうです。これは、私たち日本人が自ら「良かれと思って」変えてきてしまった、格差社会を無くし、「平等を目指した」社会制度や教育制度の敗北なのです。
幼稚園で「どろんこ遊びをして服が汚れた」と怒り狂う親たちが幼児教育の現場を変貌させ、「競争」という正当で公平なロジックを「他と比較することなかれ」と偏差値教育を廃止して、公園で球技をするな、と子供たちから気力と楽しみを奪っていきました。
その挙句に導入された「ゆとり教育」で生み出された空白の時間は、エンターテインメントという美辞麗句で飾られたゲームやスマホの画面に吸い取られていったのは統計からも有意。
その帰結は火を見るより明らかでした。
特に、政治が直接コントロールできない日教組主導の「教育」の現場において、日本の学力水準は世界標準から見ても格段に劣化し続けています。
「悪いところは直すべきだ」―その大義名分自体を否定するつもりはありません。
しかし、私たちは「公平」という言葉の罠に注意すべきです。極端に左傾化した教育現場では、競争を悪とし、公平という名の下に著しい不公平を生じさせ、すべての人を横一列にしようとした「悪平等(不公平)」が、この30年で日本中に蔓延してしまいました。
教育現場で否定した「競争」は、特定のイデオロギー思想の様に「公平」「公正」という欺瞞により、全体的に後退したと言えるでしょう。
話ズレますが、同志社国際の「平和」という名を騙って洗脳を目指した教育は、生徒たちの必死の抵抗にあっていたことを最近知りました。沖縄タイムズの記者の講演で刷り込まれていた、「脱法と暴力は、社会主義を目指した抗議活動の下では肯定される」という開いた口のふさがらない刷り込みが教育現場で平然と行われました。
世界が前に進む中、自ら牙を抜く選択をしてきた日本。
一方でマクロ経済の話をしなければなりません。
一概に為替相場で比較しただけで残念ですね、で終わらせるのは詮無きことで、その根本的要因を深堀していく必要があるでしょう。
日本だけがこれだけ取り残された理由の内の一つとして、一つ掘り下げると賃金が上がらなかったことがあります。
では何故賃金が上がらなかったのか。
国別の比較を見てみましょう。
1997年と2026年での平均賃金の比較です。
・韓国 1997年⇨2026年 約3.8倍
・アメリカ 1997年⇨2026年 約2倍
・連合王国 1997年⇨2026年 約1.7倍
・ドイツ 1997年⇨2026年 約1.6倍
・日本 1997年⇨2026年 ほぼ同じ
左傾向かした競争を否定した公平という名の下の「悪平等、不公平」という文化的側面が大きく起因してくるところに起因すると思ってます。
賃金の上昇が無かった理由を更に1つ深堀すると、日本だけが生産性が伸びていないことが直接的な要因になります。
マイナンバー制度導入でも年寄りを中心に大反対。
何でも大反対。それを煽る弱者救済の詭弁にすり替えられた不勉強擁護。
こんな馬鹿げた議論を日本でやっている間に、
・アメリカ:IT革命で生産性が急上昇
・ヨーロッパ:EU統合で市場が急拡大
・中国:世界の工場化で爆発的な成長
・日本:生産性が伸びず、利益を出す為に給与上昇を抑制
こうなります。
これは結果的に日本だけ人口が急減したことにより、内需が縮小してしまったからという究極の要因に行き当たることでもあります。つまり少子高齢化。
・労働人口が減る 人手不足
・消費市場が縮む
・投資が減る
・経済成長率が下がる
・賃金が上がらない
・円が弱くなる
このスパイラルが明確に発生していました。
そして、企業は存続を図る為、内部留保を積み上げて賃金に回さなかったのです。
それでも内部留保は平均で3倍に増えたとも言われてます。
企業は儲けを出したのに、従業員に還元しなかった。
これが賃金上昇が起こらなかった要因でしょう。
企業も生き残りを図る為に判断したことを批難できる者はいません。
これも働く労働者を守るための経営判断です。
でも金溜まったから、と階級闘争を名目に労働者階級への還元と謳う馬鹿どもがいますが、悪質な泥棒行為だということに全く気付いていない。これは質が悪い。
一方で、競争を避ける著しく左傾化した文化と大きく関係します。
・新規参入が少ない
・既存企業が守られる
・効率化圧力が弱い ←マイナンバーとかが代表的
・生産性が上がらない
・だから賃金も上がらない
この競争回避ロジックでしょう。
その結果家庭の現場で起こったことは教育投資の削減。
当然学力は伸びるどころか急降下。
・教育支出で日本は対GDP比でOECD最下位
・大学研究費は20年以上減少
・教員の多忙化で教育の質的低下現象
・STEAM人材の不足
・イノベーションが起きない
・生産性が上がらない
・だから賃金も上がらない
日本は政治が、ではなく、国民が自分達自らの左傾化によって、エンジンを止めてしまった国と言えます。
・賃金が上がらない
・税と社会保険料が重いし更に重くなっていく
・住宅価格は上昇
・教育費は高騰
・経済成長は止まっている
若者が苦しいのは、努力不足ではなく、こういった構造の問題だと思います。
こんなんでいいの?日本人は。
安直に政治のせいにするお年寄りが多いのは他責で無責任。
競争を取り戻さなければ!!!
目を覚ませ日本人!!!
ここにフルシチョフ書記長の下で活躍した共産党政治将校イワン・ダニロフ中佐の遺した言葉を記載しておく。

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隣人をうらやむことの無い社会を創りたくて、共産主義を理想として頑張って来た。
しかし平等を謳う共産主義であっても、社会的格差、資産格差は生まれてしまう。
それだけではない。
才能の格差、頭脳の格差、力の格差……。
人間が生まれながらに持つ不平等は、資本主義より共産主義のもとで、より明白になった。
隣人をうらやむことのない世の中を創ろうと思ったが...
気づけば、私は誰よりも彼をうらやんでいた。
貧しい者も豊かな者もない、平等な世界を夢見たが…
そんなものは有り得ない。
結局、この世から消えないのは、持てる者と持たざる者、そして死者だけだ。
人間は変わらない。ロシア人を変えようとしたが、私のほうが変わってしまった。
ソビエト国家社会主義共産党 政治将校 イヴァン・ダニロフ
