アッサラーム!アライクン!

 

日本vsチュニジア戦

前半開始直後のハンニバルの一撃。一気に眠気が飛んだ。

 

蓋を開ければ・・・

前半でもう1点ゴールと判定(VARではゴール)されるべきだったし、この試合の主審の判断については、その見識を疑うものばかりであった。

 

事実上の5-0 の結果だった。

主審は猛省すべき。

 

でもそれも含めてスポーツマンシップ。

こういう試合をしっかりととっていく、単に勝ち点だけでなく最善は何かを考える事。それが重要。

心の底から称えたい。

 

MOMは今回も伊東純也。

色々な解説見たけどろくな解説無い。伊東注目度ゼロ。

彼は独りでアフリカ予選失点ゼロのDF構成を崩していた。

 

何処にいるか判らない。

 

彼のポジションは一応、一応右。

 

左からの切り込み突破からシュート。シャドーから中央抜け出しでそのままフィニッシュゴール。右サイドギリギリで追いついて上田へセンタリング。伊東はいったい何人いるんだ?

 

上田とどちらにするか悩んだけどね。

やはり組織貢献度を優先した。

上田はネーデルラントオランダのエールディビジの得点王の看板も背負っている。これで満足してはいけないレベル。

 

 

一方、日中に行われたネーデルラント対スヴェーデン戦の結果がこれまた衝撃だった。

 

兎に角、意気消沈のチュニジアについては覚醒(日本をディスらず称え、かつ冷静に今の悪いことを言語化できていた)を期待し、日本はスヴェーデンを破り得失点差でネーデルラントを上回らなければ、ベスト16に突破できる可能性が低くなる。何としてでもスヴェーデンに勝つことは最低条件でチュニジアには失点をせずに頑張ってもらいたい。

 

チュニジアのサポーターは皆一様に怒りを口にしていたが、アラブの民度が高い国だからか、相手をディスる人はいないし、寧ろ完成された組織力を称えていた。次回はチュニジアの魂を見せて欲しい。

 

sidennkai様からご教示いただき、このトップ画像として使用させていただいていたカラー画像と思われる画像ですが、同人誌の表紙で、且つ着色されたものであることが判りました。グリーン系に見えた色ですが、これは着色者が、自信の思想を反映させていることになる為、完全否定するものではありませんが、グリーン系に傾いていた塗装については、また振り出し。青系を排除できないことから、悩ましいところ。

 

但し、次の画像は、着色ではない。これは確実にカラー映像である。この映像から判断すると、葛城の色については、薄い水色に見えなくもない。いや、水色だね。

航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンド。
プレミアがついてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。
 

じわじわとくる起倒アンテナの逆付け。

思い出すと泣きたくなってくる。

しっかり接着されていて取れる気配がない。

 

気を取り直して。

面倒な所を。

 

馬力のある方なら同意いただけると思うのだが苦手な力加減。

2mmプラパイプでベルマウスの切り出し(誤魔化し)。

割らずに切り出すのが苦手だったが、一発で出来た。

とても小さなことだが素直に嬉しい。

 

チェーン繋がっている所がベルマウスに入っていないが、そこまでは勘弁。

 

こんな感じで誤魔化せた(笑)

オーバースケールな表現だが。

 

因みにアンカーは大型ではなく、巡洋艦クラスの中型にしている。

艦底板も整形した。

 

艦尾も同様。

艦尾アンカー大きすぎの様な気が。

 

 

あとは、艦橋周りの最後のディティール追加。

ループアンテナや赤外線探照灯架台手摺、など。舷側通信アンテナは、葛城には無い様だ(写真に写っているものはありませんし、sidennkai様も同じご認識)。

飛行甲板側は、図面から水密扉3つ。

葛城と天城のみ、主檣基部は完全に兵員待機室に包みこまれる。

91式無線電話アンテナは伸ばしランナーで再度作成。

スピーカーどうしよう!

 

亀頭マストは電動基部を追加。

 

大した工作をせず、お気楽こうさくだがここ迄化ける葛城旧キットは名作だと思うのだが、アオシマさんは、このキットは絶版としたそうだ。勿体ないと思うのは私だけ?

 

プライマー成分入りサーフェイサー1000を塗布。

何だろう。なんか雲龍型に見えない。

艦橋の幅が足らないからだけ??

このままでも美しい感じ。

 

艦橋周りの素組との比較。

いい感じに遮風板もできてるみたい。

素組の写真見て気付く軍艦旗掲揚桁が無いこと。

あと完全に忘れていた射撃指揮装置の追加。

 

これは心が折れる。

 

 

この写真から、左舷側の色の濃い部分がハルレッドに届いていないことを断定できると判断した。

しかし右舷側は届いていると思われた。

 

しかし、さきほどLINEで受信した写真。

これで濃い部分が右舷側もハルレッドに届いていないことが確定となった。

何度も申し上げるがコントラストが強い。

100%確実に外舷色ではないことが判る。のだが。

 

この写真などからも、艦橋頂部のポール型電探がはっきり判るのだが、先行作例でポール型を表現されておられる方は、お一人として見たことが無い。

第1号作例の自負。
 

 

 

 

 

アテブレーヴィ~!
テーニャ ボンソーニョス~!




では。
お休みなさい😴💤



Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より基部の幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除してエッチングパーツに取り換え✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・2k信号灯基部と2k信号灯の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・30㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔
・葛城にしか見られない特殊形状な基部と対空13号レーダーの自作✔
・22号水上レーダーの基部と本体の取り付け✔
・メインマストのトラス構造の自作✔
・メインマストへ対空13号レーダー取り付け✔
・踏み台の自作取り付け✔

・黒板の自作取り付け✔

・方位感知器の取り付け✔

・飛行甲板側の水密扉取り付け✔

・25mm単装機銃の取り付け

射撃指揮装置スポンソンと水面見張り所の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔
・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔
・電子戦用赤外線通信機、二式哨信儀全受器の自作と取り付け
・セットな二式哨信儀の発哨器はどこについていたのか確証が無い
・80㎝探照灯の取り付け✔
・25mm単装機銃の取り付け

羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔

羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用✔

船首形状の修正:
・艦首機銃台座支柱の自作✔
・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け✔
・菊花紋章取り付け版の自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔
・合わせ目✔

・底板の整形✔

艦尾スターンデッキの形状修正:
・フラット維持の支柱調整✔
・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔
 ・内火艇の設置


飛行甲板の修正:
・艦尾着艦識別モールドの切除✔

・飛行指示白線モールドの切除✔

・木甲板モールドの切除✔

・エレベータの差し込み✔

・クラッシュバリケード部分の甲板拡張✔

・墳進砲スポンソン前側の射撃式装置スポンソンの自作追加✔

 



 

 

 

◎葛城で帰還した漢達の慟哭物語
 

旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。

こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

 


葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。


長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。


感慨深かった。

 

ついに還って来ることができた。



叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。



そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。


検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。

俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。


きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

どんな言葉を掛けたらいい?

期待は膨らむ。





しかし・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。


一面の真っ黒な焼け野原。

 廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

自宅?

ここが?


残留放射能に怯えるまばらな人々。



数日間探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。




 もう涙も枯れて一滴も残っていない。

私は明日から何をすればよいのだろうか。





 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた) 
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった) 
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している) 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった) 
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた) 
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた) 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ) 
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした) 
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった) 
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった) 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった


長渕 剛 - 「昭和」