1/700 アオシマ 帝國海軍初春級駆逐艦『初霜』1945年4月天一號作戦時
2025年までに判明している最新考証で製作して参りました。
爪ごと彫刻刀でざっくりいったけど血が出ないぞ!
いつもの如く、探照灯は折角のクリアパーツですがネイビーブルーで塗布して2.5mmピンバイスで穴を掘ってシルバー塗装します。そこへスーパークリアを投入。
乾くと驚異の透明度。
写真写り悪いのですが凄いです。
困ったのがスクリューガードです。
7.5m内火艇並みに巨大です。流石にこれは間違えではないでしょうか。
それにカッターはまだしも内火艇は旧キットアフターパーツでないほうが良いですね。今更ですが。
単装機銃19箇所の取り付けが終わりました。
アオシマさんの位置リサーチは概ね正解のようですが、あと2箇所何処かに取り付けられたようですが、判りません。
前回艦尾後方向き単装機銃の前にある波除板についてですが、アオシマの誤った防弾板としての考えが、後方向け機銃があるなら、という想定で部品化したものと断定しています。
無しが正解ですが、取り付けないほうが良かったのではないか、とご指摘を受けそうです。スミマセン、これ、取れない。例の瞬着で取り付けましたが、グラつきもせず、しっかり接着されてしまってます。
それから純正のボーダビッドのパーツの高さが高すぎで、違和感あります。
精密度では劣りますが、ハセガワのエッチングパーツを使用して差し替えます。
塗装して、カッターや内火艇取り付け、張線を施しました。
最後に軍艦旗掲揚をしようとしたところ…
あら。
軍艦旗が無い。
ウォーターライン定番のシールを使って間に合わせました。
最後の最後や、手抜き感、半端なかったのですが駆逐艦『初霜』天一号作戦時 完成です。
以上、2025年9月までに判明している最新考証によって製作した天一号作戦時の駆逐艦『初霜』、これにて一旦完成とさせていただきます。
艦尾武装など、まだ考証が行き届いていない箇所がありますが、いつかリベンジしてみたいと思います(今のところ)。
では。
あ、舷灯塗ってない!
初霜のリノリウムについてのご質問が多いので、以下アカデミックな視点での記載をしておきます。おそらく今後考証が進むことで、メーカーの初霜、天一号作戦時のキットについては、後追いで再現していくことと思います。
駆逐艦『初霜』天一号作戦時について:
『初霜』は、竣工から復元性能改善工事を経て頑丈な駆逐艦の1つとなったそうです。
何故天一号作戦時の集結に向けて甲板張替工事を事実上中断して出渠したのか。
それが謎で仕方ありませんでした。
1945年2月北号作戦で荒天の中物資満載で荒波を越えて来た『初霜』の艦体は、老朽化が進み、相当ガタがきていたと考えられるそうです。
当初、私は当該作戦中での致命的な損傷を被ったのではないかとの仮説を建てましたが、記録に見られないこと、及び『初霜』が積んでいた積み荷が可燃性や爆発の危険性の高いものだったことから、被弾はなかったと一般的に判断されていることを知りました。
そうすると、竣工から10年経過し、一般的にリノリウムは摩耗して痛んでおり、いたるところで甲板の鋼板がむき出しになり、腐食が進んでいたと思われます。
全面的な甲板の張替えは、単なる表面的な塗装や部分的な溶接修理と異なり、多大な時間と資材を要する非急務の構造作業です。
従って、老朽化による軽度の腐食や木材の劣化であれば、1945年の日本の整備環境下では、運用を継続するために応急的なパッチングや防錆処理のみが施され、全面的な換装は戦後まで延期された可能性が極めて高いと判断できるそうです。
しかし長期間にわたり、『初霜』が入渠し、甲板張替え工事が実施されたという事実は、その損傷が単なる老朽化を超え、艦の運用継続能力を直接的に脅かすレベルに達していたことを強く示唆しています。
当時の帝國海軍の規定から、甲板張替えには次の3つの要因が必要になります。
交換が必須となる構造的損傷の条件:
-
船体縦強度の低下: 甲板が主要な強度部材として機能しなくなったため、次の荒天航行で船体が折れる危険性がある。
-
艦内への重大な浸水: 甲板の継ぎ目や鋼板の亀裂から、重要な区画(弾薬庫、機関室上部など)への浸水が発生している。
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兵装の運用不能: 損傷が機銃座や発射管基部に及び、戦闘時の安定性や安全性が確保できない。
このロジスティクス的な観点からの分析は、老朽化単独では甲板換装が優先されることはなかっただろうという結論を導くため、換装の決定は、運用上無視できない構造的な破綻が、北号作戦中に発生したことによって初めて正当化されたと評価できます。
1944年10月の台湾沖航空戦 を含む激しい運用履歴によって、既に『初霜』の甲板構造には、環境劣化(セクションI)と動的応力による疲労蓄積(セクションII)が限界近くまで進行していた。これは、構造破壊の 必要条件(老朽化による脆弱性) を満たしていました。
続いて、1945年2月の北号作戦では、高速航行が要求される中、厳しい気象条件(荒天)に遭遇し、船体は許容応力限界を超える急性的な負荷に晒さました(セクションIII.B)。この急性ストレスが、既に存在する疲労亀裂や腐食箇所を起点として、構造的な破綻を引き起こしたと考えられます。例えば、艦首甲板の座屈や、船体縦強度に影響を与える甲板鋼板の広範囲な亀裂である。この構造的破綻が、1945年当時の逼迫したロジスティクス下においても、甲板の全面換装を必須とする 十分条件(急性かつ運用不能な損傷) となったはずです。
したがって、甲板換装は、単なる老朽化対策ではなく、老朽化によって脆弱化された構造が、北号作戦における極限の気象応力によって誘発された構造的故障に対応するための緊急措置であったと結論づけられます。
駆逐艦『初霜』の甲板換装の動機に関する分析の結果、慢性的な材料の劣化(老朽化)は、甲板の脆弱化という前提条件を形成していましたが、1945年2月に日本海軍が稀少な資源を投入して全面換装を決定した直接的な理由は、北号作戦中に遭遇した極度の動的応力(荒天)によって引き起こされた急性的な構造的損傷であると推定できます。
この構造的破壊は、既に累積的な疲労によって限界に達していた甲板を越え、艦の安全性または縦強度を脅かすレベルの緊急事態であったため、1945年初頭の厳しい整備環境下においても、修理が最優先されたものと評価されます。
『初霜』の北号作戦帰投後の入渠記録や、具体的な修理範囲を詳細に記述した造船所側の公文書(一次資料)には工事内容しか記載されておらず、この急性損傷の性質と範囲を特定することが可能であれば、益々を持ってリノリウム貼付が無かったことが確定事項になるでしょう。
従来の帝國海軍の歴史的考証は、どうしても技術的側面からの視点が等閑にされてしまうことから、天一号作戦時の駆逐艦『初霜』の甲板にはリノリウムが貼付されていた、という無難な方向の回答を求めがちでした。
しかしながら1次資料としての長期に渡る工事記録、そして終結に間に合わせる為の工事中断、緊急出渠。
天一号作戦遂行上、全く関係しない非優先事項であるリノリウムの貼付はこの状態でなされるはずがなく、推定ではありながらも現実問題として確定事項とすべきとのことです。
また、塗装については、残念ながら間に合わなかった可能性が極めて高く、甲板はほぼ確実に全面亜鉛メッキ無塗装。
船体舷側は末期迷彩として≒ネイビーブルー(涼月や冬月と同様に)で塗装された蓋然性が認められること。
なお調査の過程で明らかになりましたが、損耗、摩耗したリノリウムは再貼付はなされなかったとのことで、全ての艦艇でリノリウム貼付部分は剥げたところが多く、鉄甲板が剥き出しになっていたところも少なからずあったであろう、とのことです。
では。
お休みなさい😴💤
2024年3月製作開始。
2024年3月下旬
2024年5月25日。
2024年6月1日
2024年6月2日
2024年6月3日
2024年6月6日
2024年6月19日
2024年6月20日
2024年6月25日
2025年2月6日
2025年4月9日
2025年6月21日
2025年7月13日
2025年9月21日
2025年9月22日
2025年9月28日
2025年10月4日 完成
ライフワーク
天一号作戦 帝國海軍 最期の艦隊:
最新考証シリーズ









































