模活が無い時のストック記事の中からの排出。
現存する記録から可能な限り事実を列挙していたところ、見事にストーリーとして繋がったことから、心情描写や言葉などはフィクションであるものの、それ以外は史実の「ノンフィクションストーリー」が出来上がりました。
1944年12月1日。
私は 野崎 甚市。東京都山間部である阿伎留野出身の招集兵で、階級は曹長。
松型駆逐艦竹に乗船し、主に対水上電探で敵を電波的に探知し、指揮系統や射撃管制へ迅速に伝える役を担っている。
ここルソン島という南の島であっても夜になると吹く風は肌寒い。月も見えない曇りの夜となれば尚更だ。
野崎は半そでの軍服から出ている腕をさすりながら、艦橋内の階段を軽快に降りて来た。

甲板に出ると舷側手摺を手で握りしめ、暗い南の彼方へと視線を移す。
南南東に位置するレイテ島西側から来襲したアメリカ軍に上陸され、不意を突かれた形となった我が帝國陸軍は、今大変な苦境に立たされている。
この戦況を打開するために海軍は捷一号作戦を発動したが、主力の栗田艦隊が謎の転進。連合艦隊は無意味に犠牲を重ねて事実上壊滅した。
レイテ島の事態は悪化の一途を辿っている。
一方、苦境の陸軍へ支援物資をマニラ湾から輸送する為に発動した作戦が、夛號作戦である。
第1次夛號作戦は成功裏に達成したが、2次、3次と補給路を読まれた上に、万全な準備をして待ち構えるアメリカ軍空母機動部隊に対して、帝國陸海軍は成す術を知らなかった。
特に第6次作戦では、陸軍第26師団の補充兵員と物資揚陸に成功したものの、帰路オルモック湾を出たセブ島沖で敵艦載機と魚雷艇の複合攻撃にさらされた輸送船、護衛艦隊は1隻も戻らなかった。
そんな絶望的な作戦も今回で7回目を迎えようとしている。
戻ってこれない、そんなことが脳裏を過ぎったが、弾薬も食料も尽きかけている同胞陸軍を想えば、そんなことも言っていられない。
野崎は、暗闇に包まれつつあるマニラ湾に浮かぶ駆逐艦竹の艦上から南の空を睨みつけるように見ていた。
過去に参加してきた夛號作戦を思い出してしまう。
第3次では出撃したものの、作戦途中で再編成された護衛艦隊任務を第4次艦隊に変更され引き返している。しかし第3次作戦は駆逐艦朝霜を除き、全て撃沈された。
内心運が良かったとは思ったが、還ってこない味方の艦船を想えば、これまた自分自身の安堵感を否定せざるを得ない。
第5次では、多くの輸送船団を、駆逐艦竹のみで護衛するという無謀な作戦であった。案の定激しい機動部隊艦載機の空襲を受け輸送船団は全滅。駆逐艦竹は対空戦闘を行い、途中でマニラ湾へ引き返えしてきた苦い経験を持つ。
ジー、ジー、と艦内放送開始のベルが鳴り響く。宇那木勁少佐艦長の指示の下、航海長が艦内放送のマイクをとった。
「これより本艦は出航する。総員配置につけ!」
出航指示が出た。
予定より10分以上早い。
野崎は急いで艦橋内の扉に入り、階段を駆け上がった。
出航のラッパが鳴り響く。
ド・ ド・ ド・ド・ドドド・・と鈍い重低音のエンジン音が響き渡り、艦はゆっくりと南へと進んでいった。それはまるで漆黒の闇に飲み込まれていくかのようであった。
野崎は艦橋後方にある22號電探の測距室に入った。3名の測距員が電探稼働準備を始めている。
マニラ湾外に出ると、13號電探が稼働し始めたようだ。13號電探測距室から声が聞こえる。
「13號電探探知始め!」
「フタヒトマルゴ、敵機影、その他異常ナシ!」
13號電探は対空電探だ。
マニラ湾の南側には広大なシブヤン海が拡がるのだが、つい1か月ほど前、この海域で戦艦武蔵が延べ500機以上の敵艦載機によって3波に渡る空襲を受けた。数時間に及ぶ戰闘の後、航行不能となりキングストン弁を開いて自沈している。

そう、ここは敵の制空権下なのだ。
野崎が小声で囁くように言った。
「よしっ!22號電探も探知を始めるぞ。」
測距員である、香取、飯田、三原田は野崎に視線を合わせて頷く。22號電探は水上電探だ。敵の艦艇位置を素早く見つけることが出来る。
「22號電探探知始め!」
頭上で電気モーター音が徐々に高まり、22號電探が探知を始めた。
飯田と三原田2名の測距員が凝視する緑色の液晶モニターには何も映らない。三原田が大きな声で報告する。
「フタヒトマルナナ、敵艦影、その他異常ナシ!」
香取はバインダーを抱え、座って液晶モニターを監視する飯田の後ろに立ち、同じモニターを覗き見ている。
「よし。警戒監視を厳となし、異常があれば即時報告せよ。」
野崎は部屋の隅に置かれたパイプ椅子へ腰を下ろし、窓の外を見た。
室内の暗い電灯が邪魔だし、外は真っ暗で何も見えない。
穏やかな海面を切り裂くように駆逐艦竹は進んでおり、航跡を残す波の音だけが不気味に大きく聞こえ、一方で潜水艦に探知されるのではないか、と思うと恐怖を助長する。
頼むぞ、水中聴音探信班。
神様!
気が付けば心に念じるように祈っていた。
艦橋露天部の発哨器が同行する駆逐艦桑や、陸軍SS艇に対して、航行しながらの夜間赤外線で試行通信を行っている。
野崎には、緊張の暗闇を突き進む先に拡がる漆黒のシブヤン海が、無限の広さを感じ、いつになく時間が長く感じられた。
そんな時だった。
「6時の方向(真後ろ)仰角8度、機影確認!」
13號電探の探知に皆緊張で顔が強張る。
「先の機影は味方機!」
何も見えないが上空から航空機の爆音がとどろき、艦隊を追い抜いていく。
(味方機か・・・)
野崎はかた唾を飲んだ。
夜間戦闘機の月光だろう。音だけが月光の進む方向を追いかけるように進んでいき、やがてそれも聞こえなくなった。
暗闇の中で敵味方識別が可能なのは、夜間戦闘機だけだ。
直掩の戦闘機隊が随行しない丸裸の船団にとって、次第に離れていく航空機のエンジン音は、一時の安心感を覚えさせたものの、離れていくその様は、じわじわと後から不安を煽っていく。
どのくらい進んだであろうか。東のマスバテ島の方角から徐々に空が白み始め、山際を明るくした。
船団は夜間航行と海岸線航行を原則としてミンドロ島沿岸部を南下し、パナイ島北岸部へと至っていた。
はるか東にはアメリカ軍の機動部隊第38、及び第58任務部隊という航空母艦20隻を含んだ大艦隊が存在するはずだ。
我が帝國陸海軍は、レイテ島で上陸部隊を受け止め、そのレイテ島を決戦地として激戦に臨んでいた。
その手前にはセブ島があり、そこには若干の航空部隊も配置されており、それだけでも丸裸で進んできた船団にとってみれば安心感に包まれるのだ。
船団にとって、空からの襲撃にはあまりに無力であったからだ。
完全に夜が明けた段階で船団はパナイ島マレイ沖島影に錨を降ろすことにした。
日中船団は動かず、島嶼島陰に潜み、夜間移動するのだ。
烹炊煙突からは煙も出て来て、烹炊長の「急げ、急げ」の声も外に漏れ伝わってくる。
暫くすると朝食として握り飯が配布された。
第1警戒態勢は解かれておらず、電探測距員も、機銃要員も交替で握り飯を頬張る。
束の間の休息が、このまま永遠に続いても良いと思った。
野崎は測距室で握り飯を食べ終える。
「ここまで無事に来れたのも奇跡だな。」
野崎は電探室の3人に向かって呟いた。
「もしかしたら待ち構えていた敵の水上部隊は月光に駆逐されたのかも知れませんね。」
香取がそう返してきた。
「そうかも知れんなぁ・・」
野崎はまるで他人事の様に応えた。
暫くすると艦長より適宜交替で睡眠をとるよう指示が出る。
野崎も電探室の3人も、配置場所の狭い部屋で、交替で睡眠をとることにした。
夜間航軍の緊張感は極度な疲労に追い込み、数分も経たぬ内に深い眠りへと落ちて行く。
2~3時間は熟睡したであろうか。第1警戒態勢は解かれていない為、配置場所において皆待機していたが、隣に停泊している陸軍SS(機動艇)159號の屋根の無い甲板に隙間の無いくらいに詰めて乗船している完全武装の陸軍兵士達に比べればマシだな。野崎はそう思った。
あちらさんは動くのも儘ならず大変だろうな、と思った。
窓の下の甲板上の単装対空機銃要員があくびをしている。
のどかな風景なのだが、気がたるんでいる。
人間緊張感をずっと維持し続けることは無理なのだろう。
野崎にはそう思えた。死ぬかもしれない、戻れないかも知れない、そう思ってここまで来たこともあり、この一瞬一瞬を大切に目に焼き付けるように、記憶しようとしていた。
更に時間は経過していくが、警戒待機はとても長く感じる。
皆ほとんど無言で、ずっと同じ配置場所で警戒態勢を維持しながら耐えている。いったいいつまでこんなことをしているのだろうか、客観的に自分たちを脳内で描写した姿があまりに滑稽で、野崎は思わずして笑みを浮かべてしまった。
「野崎曹長、独りで笑みを浮かべて、何楽しそうなことを考えていたんですか?」
香取が訊いてきた。
「いやな、俺たちのことだよ。何か滑稽だな。だがみんな最後まで諦めるなよ。俺たちは必ず作戦を成功させて帰投するんだからな!」
うまく話をそらせることができた。
野崎の大きくもない声だったが、力強い言葉に皆頷いていたが、一方で誰もが自分の最期を覚悟しているようでもあった。
「前方2時42分、仰角4度、航空機です。」
「これは・・・味方機!」
13號電探室から大声が聞える。
「おい!味方の飛行機だ!セブの飛行隊かな?」
「頼むぞー!」
甲板上で口々に声が聞こえる。
「おーい、おーい!」
皆聞こえるはずも無かろう声を張り上げ、思い切り手を振っている。
やがてそれらの航空機は南の方角へ消えていった。
この航空機こそ、船団の運命を左右する航空機であった。
未だ日が沈まないうちの1944年12月2日の夕刻。駆逐艦竹を含む輸送船団に目撃された航空機は南下を続け、オルモック湾南方海上において、アメリカ軍駆逐艦艦隊を発見していた。
彼らは強力な40mm機関砲の射程圏外を飛びつつ、垂れこめた雲間から何度も急降下を繰り返し、機銃弾による牽制を執拗に続けていた。機首には強い電波を出す夜間レーダーが装備されているので月光だ。
攻撃対象の艦隊はアメリカ軍が戦線に初めて投入した最新鋭の駆逐艦アレン・M・サムナー、モール、クーパーの3隻。
VT信管弾を射撃可能な連装高角砲塔を3基も備えた強力な駆逐艦だ。
これらの駆逐艦は1970年まで運用されたのだからその性能を説明するまでもない。
然しながら未だレーダーとは言っても初期型であり、目視に優るものではなく、低く垂れこめた雲間からいきなり現れる戦闘機への対処は出来ない為、月光の機銃掃射を浴びるだけ浴びてしまっていた。

その内、アレン・M・サムナーの弾薬に銃弾が命中して誘爆を起こし、ついに死傷者が出始め、船体は小破していた。
このアメリカ軍最新鋭駆逐艦3艦は、天候も不良、被害も出始めたことから、一旦更に南へと退避するように後退していった。ちょうど駆逐艦竹を始めとした輸送船団が来る時に合わせた後退であった。
時間は少し戻って、第7次夛號作戦の船団である。
野崎は夕食に配られた握り飯も食べ終わり、船団は再度出港準備に追われる。ジャラジャラと重い金属の錨を巻き上げる鈍い音が響き渡り、重い振動音と共に再びゆっくりと船が動き始めた。
船団の周囲はまた静寂と暗闇に包まれていく。
「これより本艦は作戦遂行の為に出航する。」
航海長の声がスピーカから聞こえてくる。
1944年12月2日午後5時のことであった。
しばらくしてあらためて電探室に緊張が走る。
今度は22號電探が約6km先に小型の艦影を捉えたのだ。
「12時8分の方角、船影確認!」
どうやら同時に駆逐艦桑でも水上艦影を捉えたようだ。
その水上艦影は動かなかったが海図には無い為島でも岩礁でも無い。
まさか?魚雷艇か?
緊張が走る。
しかし、徐々に近づき、約2kmほど近づいた段階で、駆逐艦竹の赤外線センサーが艦影を捉え、味方の大発(陸軍上陸用舟艇)であることが確認できた。しかも座礁して動けなくなっており、既に放棄され誰も乗っていない様だった。
敵のことも申ことながら島々の沖合をギリギリで進む船団は座礁の危険との闘いでもある。
やがて開けた海へと進み、艦橋の前側に位置する羅針盤艦橋で航海長が
「これよりオルモック湾へ入ります!」
と声を張り上げているのが聞えた。
(オルモックへ入ったか・・・)
野崎は安堵すると共に、激戦の最前線へ送る補給物資を揚陸する準備に忙しいであろう並走する陸軍SS艇の甲板上に懐中電灯の光をいくつか視認した。
それと同時に自分の命があとどれくらいなのであろうか、と思ったのであった。
船団は、オルモック湾奥深くに到達しつつあった。
駆逐艦桑は、オルモック湾の中心部で哨戒任務にあたり、駆逐艦竹は、輸送船団がイピリ港へ入港し、そこで兵員と物資を揚陸している間、沖合で警戒任務に当たることが任務とされた。
漆黒の闇にぽつんと灯る、イピリ港のわずかな明かりは、駆逐艦竹からも判った。港では揚陸準備が急がれてたであろう。
第1次以降あまり成功とは言えない状態が続いていた夛號作戦だが、第6次で船団全滅という最悪な結果を迎えたものの、自分たちが従事している第7次夛號作戦は、補充兵員の揚陸と物資補給を成功させつつあった。あと少しで揚陸は終わる。
(だが何故だ?何故敵は来ないんだ?)
制空権を奪った空域は一刻も漏らさず哨戒している筈だ。
我々船団の接近を把握できていない訳は無い。
(それとも味方航空戦力が圧力を与えたのか?)
野崎には目の前に敵が現れない事に対して、来て欲しくないのにも関わらず、逆に来ないことに不安を増長させていく。
第1警戒態勢は継続している。
12月2日の夜も曇りで月も見えないが、イピリ港の僅かな明かりは、物資の揚陸が順調に進んでいることを理解させてくれた。
甲板上で水平達の話声が聞こえる。
この時間を利用して艦内各部署も点検が行われていたが、61式酸素魚雷1本が故障していることが判る。宇那木艦長は、魚雷1本を海中投棄することとし、帝國海軍が誇る酸素魚雷1本が魚雷ダビッドから海中へ降ろされ、投棄された。
他の高角砲、機銃、電探要員は警戒態勢のままだ。
時間は刻刻と刻を刻み、午前0時を迎え、12月3日となった。
自分の命があとどれくらい続くのか、と想いながら一刻一刻を感じている自分にとって、日付を跨ぐ、という意味がこれほどうれしいことは無い。
午前0時30分。
突然真っ暗闇の海上の彼方で信号弾が上がった。
水上監視要員が声を張り上げる。
「駆逐艦桑より信号弾、我、敵艦見ゆ!」
野崎の耳にその言葉が入った途端、またもや血の気が引いていくような気がした。
電探室の香取は、そんな野崎の変化を見逃さずに見ていた。
「潜水艦には電探では対処しようがありませんが、水上なら僕に任せてください。この海域には深度が浅いので潜水艦なんか来やしませんよ。」
野崎の耳に間違えなく届いていた香取の声であったが、意識が遠くなる様な、そんな状態の中、野崎は香取の方に向かって頷いていた。
遠くでは、コッ、コッ、と砲撃音と同時に、ドン、ズドドンと重い爆発音の様なもの、そしてパッ、パッ、と光る閃光が野崎の部屋の中からでも窓越しに確認できた。

ここに人類史上初めてとなる近代真っ暗闇の中でのレーダー射撃による遠距離海戦が発生する。
即ち、オルモック夜戦である。
駆逐艦竹は、全速力で駆逐艦桑の下へと向かったが、駆逐艦桑のいた海域に到着した時にはどこにも桑は見当たらず、既に撃沈されたと判断された。
駆逐艦桑は、駆逐艦竹の同型艦である。同じ船が10分経たずに撃沈された現実。
10分も経たない、僅かの時間での沈没。圧倒的な敵の実態がこの暗闇で何も見えない中、人間の恐怖から来る想像によって、更に誇張されていく。
野崎は絶望した。
これまでか。
督戦しなければならない立場の自分が情けない。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えようとしていたところ、
「海上に生存者確認!」
「戦闘中の為救助後回し、警戒態勢継続!」
前方の羅針盤艦橋より宇那木艦長の声が聞こえる。
鈍重なエンジン音をかき消すほどの大きな声で、海上からはっきりと声が聞えた。
「頼むぞ!竹!」
「がんばれー!竹!」
期待するのは判るが同型艦の桑は瞬時に沈められた。そんな圧倒的な敵に対して我々は戦えるのか?
そう思ったか思わなかった時、
自分のいる電探室から三原田が声を荒げる。
「敵艦影確認!距離、11,000(m)!」
「その数・・・3隻!」
「横一列、接近してきます!」
その時香取が計器類を見ながら駆逐艦竹の進行方向、速度、それらの数値から、砲撃班、雷撃班への射撃管制装置への入力数値指示を伝声管で伝え始めている。
(この真っ暗闇の中、敵を見つけたのか?)
野崎がそう思ったか思わなかったかの内に、激しい衝撃音が轟き、駆逐艦竹の主砲弾が敵よりも先に火を噴いた。
魚雷発射管の方からは「うわぁ~」と声が聞えたが、暗闇の目となっていたところに砲撃の閃光が加わったことによる幻惑が生じたようだ。
しばらくしてから、香取の指示数値を入力終えた雷撃班に対して香取から微修正数値が伝わり、それを基に2本の酸素魚雷が射出され暗闇に消えていった。

やがて遠くの海上からも閃光があり、ついにこちらへ向かって砲撃が始まったことが理解できた。
髪の毛が逆立つ様な恐怖感。しかし、不思議と敵の砲弾はどこへ弾着しているのか判らない程ずれているようだ。
敵の砲撃が始まって直ぐのことだった。
かなたの海上で火柱が生じた。
艦橋に報告が届く。
「敵右端の艦に直撃!」
駆逐艦竹は、香取から次々と伝えられる数値を基に射撃管制装置に入力が行われ、ダーン!、ダーン!と次々に主砲弾を発射している。
敵の砲弾は飛翔音すら判らず、こちらに飛んで来ているのか判らないが、
「中央の敵艦に直撃!」
「左端敵艦に直撃!」
と報告が入る限り、我が方の砲撃がことごとく命中しているのは、自分の目に入る彼方の船上火災でも理解できた。
駆逐艦竹は全速で動き回っている。
船のエンジン音の高鳴りが速度を出している証拠だ。
そして、更に大きな火柱が最も左側にいる火災を生じている艦から上がった。大きな衝撃音が遅れて2度程聴こえた。
水雷長の志賀博大尉が双眼鏡で観測していたが、
「魚雷命中!左敵艦撃沈!」
と叫び、艦橋ではおぉぉ、と歓声が上がった。
発射機動弁の故障で魚雷1本が最初の機会で発射できなかったが、修理を終えて最後の1本が敵艦に向かって射出された。
その時、ガン!という鈍い金属音と衝撃が伝わった。
駆逐艦竹はそれでも砲撃を続けていたが、
「機関室進水!」
「直撃弾が命中しましたが不発です!」
艦橋へそのように報告が入った。
香取が伝声管で伝えた数値が前部高角砲へ伝わり、その発砲音が聞こえて数秒後に真ん中の敵艦から火柱が上がったが、竹は発砲を停止した。敵艦が砲撃を停止していたのだ。
僅か10分ほどの出来事であった。
動かぬ野崎に香取が話しかけてくる。
「敵艦、このまま撤退します。」
野崎は茫然としながらもそれを前方羅針盤艦橋へ大声で伝達した。
後世名高い日米双方の戦闘詳報に記録されたオルモック夜戦がここに終了した。
帝国海軍の損害は、駆逐艦「竹」が機関室に1発の不発弾を浴び、その際に負傷1名を出している。
アメリカ海軍は、駆逐艦「クーパー」撃沈、死者191名、負傷168名、駆逐艦「アレンMサムナー」中破、戦死1名、負傷12名、駆逐艦「モール」中破、戦死2名、負傷22名と大きな損害を出した。
日米双方の戦力差については圧倒的にアメリカ軍が上であったが、精密なレーダー射撃の差が大きく勝敗を左右し、運命を分けたのであった。
野崎は、戦闘終了後の後始末をしながら、忙しそうに振舞いながらも薄ら笑み浮かべる香取を見て、彼の計算のスピードと正確さが勝利を齎したと確信したが、背筋の凍る様な感覚に見舞われていた。
まるで事前に勝利を確信していたかのような振る舞いが、今になって唐突に理解できたのだった。
駆逐艦竹は他の船団と共に無事にマニラ湾へ帰投した。
その後レイテ島は陥落し、帝国海軍はフィリピンを守り通すことはできなかった。
駆逐艦竹は、日本内地へと戻り、枯渇する燃料事情から浮砲台になったが、終戦まで生き残り連合国へ賠償艦として引き渡されて生涯を閉じた。
野崎も戦争を生き抜き、故郷の東京阿伎留野へ帰った。
飯田も三原田も、そして香取も生き抜いた。そして彼らの故郷へと帰っていった。
オルモック夜戦の前の自信に満ちた香取の表情、そして戰闘終了後の不敵な笑みを浮かべていたことを生涯忘れることは無い。
あの人間離れした正確な計算スピード。
香取は、あの戦闘の前に誰よりも早く、正確な計算によって勝利できることを間違えなく知っていた。
人命や死を顧みず、ただ勝利の可能性を計算し、不敵な笑みを浮かべていた香取の姿は、もはや人間を超越しているかのようだった。
たった一人の人物が戦局を左右することがある、という現実を、目の当たりにした。
日本は戦争に負けた。
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