溜めこんだネタ貼り付け。
本日は天才の話題から。
凡人には筆舌しがたい能力を兼ね備えており、〇〇年に一人の存在と言われることも多い。
私が思っている天才が同じ時間、今同じこの世で同じ空気を吸っているという奇跡。
そう感じた3名をご紹介したい。
●大谷 翔平
紛れもなく100年に1度の天才と言われるその能力は誰もが認める所ではないだろうか。私はプロデビュー戦を観戦して以降、最寄りのドームで試合をする場合は可能な限り息子の手を引きショーヘイ・オータニの生の姿を見せて来た。一緒の空間にいること自体奇跡であると。当時の先輩巨人ファンの同僚が、「は?大谷のどこが?」と言っていたが今では言えないだろう。しかも投手、打者として稀に見る才能を見せ、不利と言われる東洋人で、しかも純血日本人でそれをやり遂げたこと。昔甲子園の優勝旗は白河の関を超えることは無いとまで言われたことが懐かしい。そういう些末な事象で彼を語ることは不可能だった。
彼は間違えなく野球史にベーブと並んで称されるいや、成熟した現代の野球でこれだけの業績を残せるのであれば、間違えなく野球史上最高のプレイヤーとして名を遺すであろう。
10年前、ドームのVIPで観戦すると最後に好きな選手のサインボールを貰えるのだが、某選手の分は人気で無いと言われショーヘイ・オータニならある、と言われ、それにしろ、と息子に耳打ちしたのですが、ツヨシ・シンジョーになってしまった。今でも悔やまれる。
●ひまり(吉村 妃鞠)
彼女はまだ小学生?の年齢だが名門カーチス音楽院の大学生でもある。ウルトラスーパー飛び級入学だ。未だ幼子である為、彼女の名前はこれから聞くことになる。
有名なエピソードとして、ロシア国際ヴァイオリンコンクールで歓迎されない8歳の出場者は、誰一人として期待していなかったという。演奏が終わり、辛口で有名な審査員が前代未聞のスタンディングオベーションでアンコール。コンテストなのでアンコールはあり得ない。司会者は困惑し、観客には泣く者も。後日審査員は、偉大な天才を審査する権限は我々に無い、と言わしめたことで世界中を騒然とさせ、1,000年に1度出るか出ないかの天才と言われている。ヴォルフガング・アマデウス・モツァーツ以来の天才と言われている。母親も著名なヴァイオリニストだが、1,000年に一人の娘をどう見ているのだろうか。10歳までに日本・欧州の42のコンクールで圧巻の1位を総舐。世界屈指の名門である音楽院カーティスに入学した時、同級生の大人たちは、彼女の演奏を聴いて、愕然として自信を失うほどその歴然とした差を感じたようで恥ずかしさすら感じるらしい。見た目まんま子どもが更にトラウマになるとか。
3歳で複数の曲を即興で作曲。6歳でシドニー国際ヴァイオリンコンクールで優勝したのが最初。9歳の時、慶應義塾塾長賞を受賞。これから天才として名を馳せていくだろう。8歳の時、彼女の中にはモツァーツが宿っているのではないか、とも言われる。彼女の名前は間違えなく世界史に名前を残すだろう。かなり前にZOZO前澤からストラディバリウスいただけるとか話あったのは間違え?
註)ヴォルフガング・アマデウス迄ドイツ語で、モーツァルトだけが英語は気持ち悪いので、ヴォルフガング・アマデウス・モツァーツと名前は全てドイツ語で表記。
●佐藤 勝彦
香川県が生んだ人類の歴史上最も偉大な天才の一人と言われている。他の天才とは明らかに別格。20代前半でこの世の中の真相真理を理論的に解明して「ビッグ・バン」インフレーション宇宙論を提唱し、彼の理論のを実証するのが現代の物理学とも言われるほど。
彼の理論を実証していく部分的な研究でさえ小柴さん、梶田さんの様にノーベル物理学賞を獲得できるほど。小柴さんも梶田さんも師匠である年下の佐藤先生には頭が全く上がらない。ビッグ・バン インフレーション宇宙論の一部を理論的に記した故ホーキング博士が彼の下を何度も訪れている。毎年ノーベル物理学賞の候補に名誉推薦で入るが、恐らくご存命の内に受賞は難しいと言われている。人類の知識が先生に及んでいない為、その偉大さを証明できないから、と言われるのだ。だから人類史上最も偉大な物理学者と言われている。今年のノーベル物理学賞でさえ彼の理論の一部の証明。未だ80歳代でご存命で最近ではアザーユニバース理論を纏めているとご本人から伺っている。私の様な凡人にも大変腰の低い人格者というところが無条件全面降伏。よくアインシュタインと比較されるが、理論規模が異なる為、佐藤理論の一部が一般相対性理論であることからベースになるのは間違えない。
文系偏重な日本のマスメディアは、その偉大さを理解することは無いだろう。しかし世界は彼を理解し、受け入れ、将来的にはアインシュタインやニュートンと並んでその中でも筆頭格扱いをするだろう。
皆さまの想う天才ってどんな方❓
さて本題。
本日も帰り遅いし明日も朝早いし、それでも時間とって頑張ります。
メリハリの利いたタミヤモールドを削り取るのは悪いことをしているみたいで気持ち的に良いものではありません。初めて甲板に別パーツを使うのですが上手くできるか。
短艇収納庫上のメッシュも入れるので穴開けます。
面で貼り付けるのはとても苦手。
結局ナイフの先端に瞬着着けて取り付けました。
大して進んでいないのに時間切れ。
では。
お休みなさい😴💤
『軍艦 大和 戦闘詳報』
戦時中、海軍の艦船には記録官なる者が乗艦し、航路から、戦闘内容、成果、被害に至るまで詳細に記録していた。
しかし、1945年4月6日に出撃した第2艦隊において、戦艦「大和」や「矢矧」については記録官と共に記録は戦没して失われている。
既にこの世の中に存在していない。
そんな中で明らかに大和の最期を記したこの報告書は、後日戦闘に参加していない者が間に合わせに作った薄っぺらで20ページほどしかない、大変お粗末なものである。
組織的な戦闘が終了し、戦略達成に重要な位置づけではない報告書は、適当に報告書として上程される。
天号作戦はあくまで主流は特別攻撃隊における攻撃となる為、アメリカ艦隊を惹き付ける目的は十分に達成できた第2艦隊の成果や損害は全く重要ではなく、戦果として艦載機を惹き付けたのか惹き付けなかったのかという点のみである。

「軍極秘 軍艦大和戦闘詳報」(1945年4月20日作成)
大和の戦果は撃墜3機、撃破20機と記載されている。20ページに満たない薄っぺらい戦闘詳報は、内容が確認できないものは省略されている、ということを前提にしなければならない。
つまり記載内容は事実とかけ離れている、ということである。
以前にも解説した通り、記録としては
●後日生存者から聞き取りをしたものを適当に収集して辻褄を合わせたこと。
●大和の戦闘全体の記録ではないこと。
となる。
従って、より真相に近しい真実を語るのであれば、戦闘に直接参加をして自身の目で見た記録を綴っているアメリカ軍戦闘詳報がより近しいであろう。
しかしアメリカ軍の戦闘詳報も大袈裟に記載されている可能性もあり、多分に疑わしい記録であることは否めない。
もう限りなく触れてきているので、断定はしないが、アテにならないもののアメリカ軍の戦闘詳報と、残存駆逐隊の戦闘詳報を参考にしていくと、次の通り真実の概要が見えてくる。
大和の最新考証(戦闘編)
●片道燃料は間違え。満タンではなかったが、事実上沖縄迄の5~7往復分の燃料は搭載していたこと。駆逐隊は、満タンであったこと。少なくとも涼月・冬月には大豆油が使われた形跡があること。
どこからどれだけ補給するという細かい記録がYF2記録に推移が詳細に記録されていること。実際に動き回って往復以上の航路を残した残存駆逐隊は帰投している事実があること。未だに報道で片道燃料を吹聴するマスコミがいること。
●撃墜数の断定は不可能だが、撃破数が概ね100機であったことはアメリカ軍の記録上誤りを記載し辛い箇所である事から概ね20~30機程度しかなかったと考えられること。
●曇天の切れ間から急降下して攻撃までの数秒に照準を合わせること自体、大和側の光学測距射撃管制装置では不可能だったこと。
●左舷だけを狙われた、ということも、今まで証拠を多く示して来たことから再掲しないが、間違えであること。アメリカ軍の報告でも、
機銃掃射による被弾 ・・・多数
対艦ミサイルによる被弾 ・・・200~300発 ※1
各種爆弾による被弾 ・・・18~39発 ※2
雷撃による被雷 ・・・38発前後 ※3
公式記録は、左舷25、右舷14
が妥当なところであること。
●大和の単装機銃以外の機銃座は、射撃管制装置が機能していたこと。同様に高角砲についても射撃管制装置が機能していたこと。即ち「男たちの大和」に描写されるように機銃座や高角砲台に射撃手はいなかったこと。定期的に給弾する要員がいたこと。
大和最新考証(艤装編)
●戦闘時舷側手摺は全て折りたたまれていたこと。
>何故かを伺ったところ泣けてきました。凄く悲しい。切ない。
●大和の操艦は小回りが利き過ぎて慣性から管制射撃に影響が出ていたと考えられること。防空戦闘中の大和が回避運動中の映像を拝見しましたが、表現するとしたら軽自動車並み、というイメージ(笑)
●航空機引き揚げ用クレーンの空中線支柱は折りたたまれていたこと。
●艦首旗竿から艦橋迄の空中線は取り払われていたこと。
●防空指揮所の羅針盤などは、防弾板で覆われていたこと。従って有賀艦長が自身の身体を紐で縛って艦と共に運命を共にした、という証言は嘘であること。身体を縛り付けることは不可能であること。権利処理上言葉でしか説明できませんが、防空指揮所全体が防弾板に覆われており、しゃがめば全員見えなくなる、というイメージで伝わるでしょうか。
●後部飛行甲板上の連装機銃配置図とブルワークの位置については、残骸の状況から6基説が有力であること。8基かも知れないし、それ以上かもしれない。


3連装で代用しているが本来は連装。
この状況において更に単装機銃が設置されていたのは確実だが、船体自体が逆さになっていることから詳細が判らないこと。2017年9月13日戸高氏公開写真に、大和飛行甲板上にほぼ無傷の連装機銃とブルワークが写っていること(権利処理上掲載できまない為、真実を知りたい方はリニューアル後の大和ミュージアムへレッツゴー!1/10模型にも搭載される)。
場所は第3砲塔後方の飛行甲板であることがほぼ間違えないこと(図の3連装機銃は防爆風盾付銃座)。
●大和の機銃ブルワークは防弾用ではなく、波除であること。
>知りませんでした。
●艦橋両脇の22号水上レーダーは考えられていたものと異なる形状のものであること。少なくとも正解キットは無い。2020年明らかに。
●13号対空レーダーは無塗装であり、真鍮色であったこと。
2006年?判明。
●「非理法天権」の幟がはためいていた、というのは根も葉も無い嘘であること。実際に目撃した人はいないこと。
●ファンネルに菊水マークは描かれていなかったこと。描かなかった、と記録がある以上、それ以下でもそれ以上でも無いこと。
菊水マークが描かれたのは、
涼月(但し写真での確認は微妙)
冬月
磯風
初霜
であること。
●後部機銃座ブルワークは、実物の詳細が明らかになった。正解は、独立した八角形のブルワークで、ブルワークの底に空薬莢回収ポケットがつく。

※1 例えば「第84戦闘飛行隊の戦闘報告書」だけを見てもバンカーヒル艦載コルセアだけで112発を発射消耗している。命中精度は非常に低いと考え、20%を採用。最高で300発も被弾する計算になる。
※2 流石に58発の主張は大袈裟であろうからスルーした。
※3 至近弾と命中の判別はつくのであろうか。流石に帝國海軍の戦闘詳報に記載される被雷12発は誤りと断定できるが、いくら大和であっても流石に38発は浴び過ぎではないか。
#吉村 妃鞠
# Himari
# ヒマリ
# 佐藤 勝彦
# インフレーション宇宙論
# ノーベル物理学賞


