大戦中期から末期の圧倒的な米軍制空下でも成果を出しながら激戦を潜り抜け、終戦まで満身創痍で戦い抜いた奇跡のハイブリッド駆逐艦「涼月」天号作戦時の工作です。

 

アオシマ製のキット「涼月」を使用して何と!「涼月」を製作するという無謀なチャレンジ。

 

涼月7回目の制作記です。

涼月の最新考察を採り入れて工作していきます。

本日も「涼月」を進めます。



奇異な形で、秋月型や冬月型と異なる清月型の遮風板を極力再現してみました。プラペーパーをコンマミリ単位で切り出したものを貼り付けて形にしています。


でもここの工作をするしない、については冬月の時も触れましたが、結構印象が異なります。

 

残りはダビットと単装機銃の設置場所の確定。




ここからは避けて通れない「涼月」の単装機銃配置に係る考察です。

これを乗り切らなければ、ここまで正確に表現するよう努力して来たことが水泡に帰してしまうでしょう。

まずは、下図の通り、16箇所は推定含めほぼ特定できました。艤装なんちゃら図を見て言葉で判断することも有りとは思いますが、結構間違え多い(実際に工事している時にやっぱりこうしよう、と多々なるのでしょう)ので、確定箇所の根拠は写真のみにしています。

●確定している箇所
 A:解体時の左舷後方からの写真に基部が写っている
 B:解体時の左舷後方からの写真に基部が写っている
 C:解体時の左舷後方からの写真に基部が写っている
 D:解体時の左舷後方からの写真に基部が写っている
 E:「九月の涼月」に写っている
 F:「九月の涼月」に写っている

●推定した箇所
 ①:各種資料に拠る
 ②:各種資料に拠る
 ③:各種資料に拠る
 ④:解体時左舷後方からの写真にブルワーク確認の為
 ⑤:解体時左舷後方からの写真にブルワーク確認の為
 ⑥:解体時左舷後方からの写真に不鮮明ながら確認可
 ⑦:九月の涼月の左舷写真に一部ブルワーク確認の為
 ⑧:各種資料に拠る
 ⑨:各種資料に拠る
 ⑩:各種資料に拠る

ブルワークも確実に存在することを写真で確認できたものは「緑線」、推定部分に関しては「桃色線」としています。

竣工後、合計4挺の13mm機銃を装備していましたが、撤去の記録が無いものの、配置は考えません。場所は、防空露天指揮所に2挺、艦橋両脇に2挺となります。

何故ならば、「涼月」は船首楼全てが被雷により失われてから、清月型の船首楼になってます。その際に必然的に13mm機銃は配置されなかったと考えるのが自然だからです。

しかしながら、推定含め16箇所、というのは流石に少なく、更にもう少し装備されていたと考えられます。


「冬月」では単装機銃を19挺取り付けることにしました。

(実際にはカッターと内火艇の間両側に2挺、合計21挺まで場所を特定しました)

当初カッターと内火艇の間にも単装機銃配置があるのではないか、と想定しましたが、カッターが9mと大型で、且つ宙釣りで坊ノ岬沖海戦を防空戦闘している写真があります事情により、射角があまりに狭いことからここには恐らく無かったであろうと判断してしまい、取り付けませんでした。⑱⑲は写真での確認はできませんが防弾板から判断しています。⑮⑯⑰は対空戦闘中の写真に写っています。

「冬月」の再現が比較的楽なのは、右舷側だけですが終戦直後の写真も残っているからですが、武装解除後の写真しか残さなかった「涼月」の場合は、勝手が異なります。

「涼月」において、確実に25mm単装機銃があったA~Fの内、Fと⑦のブルワークが何故ここにあるのか、ということも謎です。防弾板の高さは相当あり、魚雷射出の妨げになること確実です。

でも写真に写ってしまっているのでこればかりは仕方ありませんが、謎は謎です。もしかしたら作戦直前に増設されたものなのかも知れませんが、そうであれば反対側にもあるかも知れません(今の所なしにしています)。

いずれにしても米軍調査資料に掲載される記録が正確であれば、秋月型冬月型残存艦艇は最低25挺の25mm単装機銃配置が必要です。中には30挺装備した秋月型冬月型があったようですがかなり疑わしい記録です。

「九月の涼月」からすると、短艇用のダビットがありません。

更に防弾板らしきものが確認できますが・・・。
 

但し、応急修理の際、ドッグ内で大破着底しています。それだけの損傷ですから、ボートダビットは取り払われた可能性があることと、木材置き場の抑え板が防弾板の様に見える可
能性が高いと判断しています。

結果的にカッターの場所には単装機銃設置は無かった、と判断しています。

アテにならないアメリカ軍調査報告書でもダビッドが撤去された記録は存在しません。寧ろカッターダビッドは調査報告上存在しています。

尤も写真に明瞭に写っている機銃も調査報告乗では無いことになっている場合もあるなど、かなりテキトーで杜撰過ぎる調査報告書であることも前提にしなければなりませんが。

以上より・・・

あくまでも可能性の問題ですが、ファンネル脇の機銃架台下あたりの両側2挺、方位アンテナ直前に1挺、第3砲塔左舷脇に2挺、そして⑥の対面に1挺、④⑤は2挺ではなく、3挺。そして艦橋脇には3挺ずつではなく4挺ずつ。

これで推定含む確実16挺に、9挺が加わり、合計25挺になります。

そう結論付けましたが、方位アンテナの直前に設置されたと仮定する場合、それは冬月型でなければならず、「涼月」の場合は測距儀があり、単装機銃を設置するスペースが無い為、無い可能性が高くなります(つまり記録上ある、となっているがある訳がない為⇒アメリカ戦後の調査リポートは全く信用できません)。

そういうことで、「涼月」には単装機銃24挺で結論付けたいと思います。


おまけ、という訳ではありませんが・・・
 

模型表現には関係しません。

色々とリサーチしていると、通念上言われていることに疑念を抱く問題が色々と出てきます。

本日は、戦時中の海軍の記録(海軍工廠修理記録簿)を見ていると、今まで

 内火艇(うちびてい)

と読むと言われていたものに、アルファベットで読み方が記載されており、

 内火艇(NAIKATEI)

と読むことになっています。
また、これは以前の記事でも取り上げましたが、「冬月」の制式呼称は、

 冬月(ふゆつき)

となります。
そして本日新たに判った事ですが、福井が戦後にまとめた本に出ている「涼月」の呼称ですが、

 涼月(すずづき)

となっています。多分、この呼称が正解なんだと思います。

また、私の記憶に間違えなければ、リノリウムを貼付した事由は、滑り止めであったかと思います。

であるにも関わらず、修理記録を見ているとこのリノリウムかなり不評で、水がかかると滅茶苦茶滑るらしく、特に単装機銃操者からは不評でした。

そこで、取り付けられた単装機銃の根本に、滑り止め防止用の金型が取り付けられました。きちんと規程もあり、原則的にリノリウムには滑り止めが付けられました。

 

【あずなぶる手製リノリウムの上に取り付けられた滑り止め】
何のためにリノリウムが取り付けられたか判らない。

どこの家にもあると思いますが、何故脱衣場の床は大抵リノリウムが貼られているのだろう❓キョロキョロ❓

 

水があると滑るのに。

 

何か別の理由があるんだと思います。

 

ちなみに遮熱効果は副産物なので、それを狙ってリノリウムが貼られたわけではありません。


『間違えの多い』アメリカ軍調査レポート


涼月(最終時)冬月(最終時)
 25mm三連装 ×7
 25mm単装 ×25~30 ⇒24だと思う

 25mm三連装 ×7
 25mm単装 ×25~30 ⇒21だと思う

雪風(最終時)
 25mm三連装 ×4
 25mm連装 ×1
 25mm単装 ×10 ⇒14だと思う
 13mm単装 ×4 ⇒ないと思う

 縦型パラベーン ×2 ⇒間違えだと思う

初霜(最終時)
 25mm三連装 ×3
 25mm連装 ×1
 25mm単装 ×10 ⇒14だと思う
 13mm ×4 ⇒間違えだと思う
 縦型パラベーン ×2 ⇒間違えだと思う
 

響(最終時)
 25mm三連装 ×4
 25mm連装 ×1
 25mm単装 ×14







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








これからの工作順番
・甲板室水密扉、手摺、梯子、ジャッキステー取り付け
 昇降口 艦尾×2

・艦橋頂部の空中線支柱作成と取り付け
・爆雷投下軌条の取り付け
・爆雷装填台の取り付け ×2
・爆雷投射器の取り付け ×2

・絡車の取り付け

 

では。

お休みなさい😴💤



今後の工作課程
・底板の取り付け
・艦尾甲板延長と三角支持架の自作
・後部リノリウム甲板におけるリノリウム範囲の確定

・爆雷投下軌条のエッチング取り付け
・揚貨機の自作
・蒸気捨て管と給気管の取り付け
・艦橋素体の仮着と前檣の仮着、調整
・艦橋素体の接着と前檣の接着

・スキットビームと後檣の取り付け

・後部甲板室周りの再現、ブルワークも

・哨信儀(発哨器、全受器)、双眼望遠鏡、射撃指揮装置、20cm赤外線探照灯の取り付け

・手摺の取り付け(対空戦闘用意時)
・プライマーサーフェイサー
・第1次塗装

 

 

 

涼月の考証続けてます。

判った事(些末なことまでは諦めます)
皆さまのお陰で主要なところは判明しつつあります。特にshidenkai様には、様々ご教示ご指摘いただいており、あらためて厚く感謝申し上げます。

 

●損傷修理により前後は最終形清月型で真ん中のみオリジナルの涼月

●艦首は冬月型と同じ清月型だが艦首フェアリーダの形状が清月型

●3番砲塔前方三連装機銃ブルワークは秋月型
●後部甲板室上の単装機銃ブルワーク内側設置は25mm単装機銃

●13mm単装機銃は合計4基は全て1944年12月に撤去

●後檣の13号電探基部が左前方側に斜め(死角無くすため)

●艦首部分近くのハルに新型大型調音機の収納の為護衛艦のように膨らんでいる

(艦首清月型の為:これを表現しているキットは無い)

●各種ブルワークは、高さはあっても1m:煙突脇の機銃ブルワークは40~50cm

●艦尾清月型フェアリーダが取り付けられている

●スタン後部煙幕発煙噴出管は撤去
●清月型はスタン形状の下部張り出しは無く、垂直に簡易化
●パラベーン有り

●船首楼甲板にリノリウム無し

●艦尾第4砲塔から後ろはリノリウム無い場所多し

●船首楼、ブルワーク内は、ほぼ全域亜鉛メッキ無塗装

 

とこんな感じで「涼月」の考証をゆるりと進めています。