パパさんと少し有難い畏れ多い雑談していて記事にしてみることにしました。
私の世代より下の世代では、プラモデル製作を趣味にする人の割合は大分下がってしまい、バンダイさんの調査によると、更に下の世代になると30代や20代となると、ほぼゼロに近いそうです。
調べて見ると、日本のプラモデル購入層は、30代後半から50代前半でその大半を占め、更にその中では80%がガンプラという特殊事情があるそうです。
残り20%が、艦船模型や飛行機、車、バイク、AFVなどのスケールモデルになるそうです。
ですからガンプラという特殊事情を除外すれば、日本におけるプラモデル製作人口がいかに少ないかご理解いただけると思います。
これから「私とプラモデルの出会い」のお話をさせていただきますが、私ですら沼に嵌れたわけですから、どうか若い世代も続いていただき、「ものつくり日本」らしい趣味をこれからも続けていただきたいと思う次第です。
世界のタミヤを始め、ファインモールド、ハセガワ、フジミ、アオシマ、バンダイ、ピットロードなどの著名なメーカーを、どうかよろしくお願いします。
つまらない記事かも知れませんので、直感的にスルーしてください。
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私は、幼少期は遊びに換えて体を動かすことメインで過ごしてきました。
あの感覚を忘れることは今後もありません。
そんな私がサッカーに嵌る前、物心ついた時、仮面ライダー(何だか判りません)の何かのベルトのCMを見て衝撃を受け、自分も仮面ライダーになれる!と思っておねだりして買ってもらったことがありました。
こんな感じのものだった記憶があります。
ところが。
勇んで自宅に戻って腰に巻きましたが、CMの様に仮面ライダーになれません。何か中央の丸い所がぐるぐる回るだけで、一向に仮面ライダーに変身する気配が無いのです。
これは不良品だ!新しいものに取り換えてもらう!と駄々をこねましたが、当然親がそれを許すことも無く、幼心はずたずたに切り裂かれました。騙された感がすごく、ショックでした。
子どもを騙すものを売っているのがおもちゃ売り場だ、という固定観念がそこに生まれ、絶対的な憎しみの対象に変わっていったのです。
それがプラモデルに触れる機会が無かった要因だった可能性もあると振り返ってますが、せいしゅん時代はスポ根で過ごしてきた訳です。
そんな私がプラモデルに出会ったのは、その後随分経った、娘が中学受験をする時のこと。自宅にいるようにした時のことでした。
当時、サッカー部の後輩が主演で映画に出る、とのことで、「男たちの大和」という映画を見なければ、と思っていたところでもあります。

そんな時にお台場の船の博物館で催された親子企画に参加した際、プロイラストレータの『ワタ艦』さんと知り合い、連斬大和(1/700 PitRoad社製)という完成品を勧められ、7個セットで3,500円だと思いますが、ご厚意で手に入れさせていただきました。

本日現在の連斬『大和』(プラモデルではありません)ですが、だいぶ汚れています。掃除しなければ、と思いますが、どうやってやるのか判りません。
アメリカの戦艦サウスダコタとの大きさ比較でも大和の大きさが際立ちます。
連斬大和の凄いところは艦内も再現されているところ。
艦橋やら煙突、主砲内部まで再現されています。
0式21型との比較。
それまで戦艦大和は戦時中の日本の戦艦程度しか知りませんでしたが、美しいプロダクトにノックアウトされ、家族で映画「男たちの大和」を見に行くことになったのです。
史実はフィクションドラマやフィクション映画とは比較にならないほど衝撃であり、ショッキングでした。
彼ら兵士の鎮魂を兼ね、連斬『大和』ではなく、ちゃんとしたものを製作してあげたいな、と強く思い、映画館限定の1/350タミヤ製 戦艦『大和』を買ったのでした。これが人生で初めてプラモデルを買った瞬間でした。
本日現在埃を被ってしまった箱が物悲しいです。箱だけでもメートル級の大きさです。
実は、全てのことで人並み以上に出来なければ気が済まない負けん気があったので、プラモデルなんてやろうと思えばできるだろう。どうせ
こどもの「おもちゃ」だし
と大変お恥ずかしい意気込みで勢いだったことは後日理解することになります。
知らないのですから仕方ありません。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。

知らぬが仏とは恐ろしいもので、お金に糸目を着けず、上海ライオン・ロア社製のエッチングパーツも購入していて、自分でもびっくり。
どうせなら、精密に当時を再現してあげたい、その一念だったのだと思います。
そして、失敗して、英霊に申し訳経たぬことがあってはならない、という気持ちもあり、静かに棚の奥で眠りについたのでした。
この戦艦『大和』をいつの日か作ることが出来る様になる為に、技術を積んでいこう、その一心で以降プラモデルを経験してきたところもありました。
子どもたちのお付き合いも終わり、自身の時間を自由に使えるようになってきたのはコロナになってきてから、というところが正直なところですが、トータルの模型製作経験も未だ5年は経過していません。
ですから、経験上は未だ未熟かな、というのが正直なところですが、チャレンジしてみたい気持ちにようやくなった、というのがあります。
世界最高峰の艦船モデラ―である台湾の大建氏や、プロ艦船モデラ―の桶本家具社長の桶本氏、月刊モデルアートの衣島氏、職権生かしてで大和ミュージアムの館長さんなどなど有名人にもお近づきになれ、大和については、現実に相当近いリサーチを完成させています。
そして先週には、大和の最期の戦いを記した戦闘詳報も遂に手に入れました。
大和に手を着ける時が来た、とは言え、これを始めたら恐らく他のものに手を出せないほど、長期間、長時間かかるかと思います。
そして完成は、4月7日にしたいと思います。
以上、初めて語る、私とプラモデルとの出会いでした。
では。





