零戦祭りは、プロモデラーの大ちゃんさん企画のお祭りです。

大変失礼ながら恐れ多くも末席に居座らせていただきます。

実は初めて作る零戦。

身が引き締まります。

 

 

1941年12月8日

第1航空戦隊

第1番艦 航空母艦『赤城』艦載

布哇作戦 第1次攻撃隊

制空隊 第2中隊 第1小隊 01番機

板野 茂 少佐 機

 

長いですね。これを再現してみることにしました。

 

板谷機の12/8の記録です。

が、これは日本時間になるのでしょうか。

東京-ホノルルの時差は▼19hです。

 

12月8日

午前1時30分 航空母艦「赤城」を発艦

午前3時20分 オアフ島真珠湾上空に至り突撃体制

午前3時30分 ヒッカム飛行場を銃撃

午前3時40分 バーバースポイント飛行場を銃撃

午前5時45分 航空母艦赤城に帰還着艦

 

指揮官機である以上重責があったのだと思いますから、上空で旋回しながら待機時間も多かっただろう、と予想しますが。

 

何と。

搭載機銃弾を1,100発消費(制空隊で2番目に多い消耗)し、輸送機(形式不明)を1機上空で撃墜しています。被弾は無しで無傷での帰還でした。

 

保身を顧みる事無く突っ込んでいった気概のある板谷茂少佐は、恐らく相当な無骨で猛々荒い性格だったことがこれだけでも解る気がしています。

 

昨晩は遂にここまで来たことで、まさか零戦を手にする時が来るとは、と感慨深く思っていたところです。実在した方が乗っていた零戦なので、本当に畏れ多いです。

 

実機と同じく、機内と着艦フックはプライマー塗装。

何だかどす黒いのですが、金属粉が含まれている例のもので、擦ってぴかぴかにすることができます。

 

そして実機と同じ同じように、防錆剤(クリアブルー)を塗布します。

塗料の割合を多めにしているので、染み出ないと思うのですが…

結論から申し上げますが、あまり効果的ではありませんでした。

特に時間的に。

 

青竹色を最初から吹くのと何ら変わりない感じがします。

だから青竹色使うんですね。

納得しました。

 

そして…

まさか最大の難関がデカールになるとは・・・

 

デカール、半分死んでました。

水に漬ければバラバラ。

 

日の丸なんか20ピース程のバラバラになるものも。

ここは根性です。

 

もっと酷い劣化した小鹿タミヤ(1970年のデカール)の粉々になったデカールを根性で使った経験もある、と言い聞かせて。

 


ぱっと見うまくいっているっぽく見える様です。

いや、苦労しました。

 

 

エナメル明灰緑色に黒を点で混ぜて墨入れもしてみました。

辛い。

本当に辛すぎるので集中力尽きました。日の丸は少なくとも塗装すればよかったと後のまつり。

あとはスピナーと引き込み脚のデカールを貼れば取り敢えず一段落。

 

ピトー管、無線アンテナの取り付け、張線、航行灯そしてトップコートで終わり。

次回は 8/15 の完成記事になりましょう。

 

何とか板谷機だけでも完成させることが出来そうで、ホッとしていますが、板谷少佐の乗機、初めての零戦として感慨深いです。

 

 

明日は在宅しますので、少しキャラクターものでも簡単にできるものを作って息抜きでもしたいです。

 

 

では。

お休みなさい😴💤

 

 

 

余談:

私の中学時代の担任 堀口 宇一 先生も零戦のパイロットでした。

英語の先生でした。戦時中どんな活躍をしていたかを今となっては知る由もないと思っていますが、戦闘詳報が残っていれば、もしかしたら、と今後時間をみつけて記録を辿ってみたいと思っています。