さて、未だに帰りが遅く、そんな時は食事を抜くことも多かったのだが、最近食べずには居られず、遅くとも何となく口にしている。

 

平均睡眠時間は、4~5時間という状況だが、お陰さまで色々と忙しく、且つ、楽しくやらせていただいている。

駄菓子菓子、模活時間が全く取れていない状況だ。

 

山は過ぎたのではなかったのか・・・

 

さっそくではあるが、前回の資料編でも若干訂正しなければならないところもあり、考察から入ってみる。

 

ベルリン攻防戦に関する資料については、ドイツ語やロシア語に多くの文献が残っているが、圧倒的にロシア語の文献が多い(日本語は少なすぎますね)。

 

そこには共産党や左翼主義者の十八番である、嘘の内容(自分にとっての理想、思い込み)がとても多いのも承知している。

当時仕方ないこともあるけど。

 

 

前回の資料編で、ベルリン市街で最期まで戦ったエレファント3輌だが、ベースカラーが赤茶であることを指摘した。

 

まずこれを訂正しなければならない。

 

実は正確な色は諸説ある、というのが定説であり、不明なことが多いようだ。

 

では一番有力な色は何?ということになる。

 

 

 

ご覧の通り、ボディの暗い色の箇所は、デザートイエローであることは少なくとも無いようだ。

これは間違えない。

 

そうすると、バンダイやタミヤのインストで1945Berlinの塗装指示は間違えの可能性が高い。

言語学者であるので近代現代史が専門ではないが、戦史に大変詳しい我組織内のドイツ人は、最有力として、ボディーを濃緑色に、デザートイエローの模様と指摘する。

 

えっ?

大戦期のドイツ戦車に濃緑色???

 

その理由が色々あるそうだ。

まず、ベルリンに残ったキングティーガーの塗装だ。

ボディーが濃緑色であり、雑多なデザートイエローの模様が描かれている。市街地での濃淡ハッキリした塗装が有効だっただろう。

ブルガリア製キット?1/35ではきちんと色の再現をされているものはあるようだ。国籍マークも無し。ズゥメリット・コーティング(ツィメリット・コーティング)も無し。まさにパンツァー・カンプフ・ヴァーゲン・ゼックス・キングタイガー最終決戦仕様だ。

 

ちなみにかなりの時間をかけて外書文献(ロシア語メイン)を漁ったが、赤茶の斑は、調べた限りでは確認できなかった。

 

でもそれを専門に調べておられる方々がいるので、僅か数日で調べたことが正しいということなんかは間違っても思わない。

 

しかしながら、おそらく、最期のエレファントも、このティーガーIIの様な塗装だったのだ、と最終的に決断するに至った。

 

ついでに判明したティーガー前期型の迷彩も後日機会があれば取り上げたい。

 

勿論、タミヤやバンダイの塗装指示も根拠があるだろう。

しかし実車輌の写真からは、どうしても誤りであると判断せざるを得ないのだ。

 

ということで、ようやくカラーリングも確定したので、工作に突入。

 

 

凄いキットだ。

 

まだ組み始めだが、比較的新しいキットなのか久しぶりにタミヤフィットを実感。

 

タミヤ製品を作ったことのある方はお判りだろうまたバンダイを例えに出すのはアレだが、こんな組み方をバンダイが採用したら部品はまずはまらないだろう。

凄い組み方。

自信が在るからこその組み方だと思う。

 

嘘のようなパーフェクト・フィット❕

恐ろしいタミヤの技術。

 

 

 

おまけ:

皆さんが、4号5号キマイラ戦車にご興味を持たれていた様なので、その写真をちょっとだけご紹介。敢えて呼ぼう!「4号パンター戦車と!」

 

頭小せぇ・・・って感じでしょう??

前方は、前面装甲200mmのワンオフ戦車003ポルシェ・ティーガーだ。1944年4月レンベルグ駅。

 

ちなみに我帝國陸軍のチハの全面装甲なんて25mmだもんだから、徹甲弾なんか反応せず貫通するぞぅ。あれは徹甲弾対策なのだ。(トホホ

 

勿論第653重駆逐戦車大隊のものだ。編成表でいう、左上の2台に注目。

 

私の興味の対象である、ドイツ軍のT34-Flak38対空戦車ノイエ・ヴィルベルヴィント(私呼称)。

いつか作ってみたい。

 

そして、ベルリンでこれまた最期まで共産党を苦しめた、ドイツ軍のKV-85。1945年1月に東部戦線で守りにつく際の写真だ。

 

KV-85は、どうやら、重戦車でありながら火力が弱かったKV-1の後継らしい。

ってなぁ~に?どういうこと?

でもこれ以上調べる気力が湧かないてへぺろ

 

ちなみに日本ではツォッセンにいたエレファント4輌がベルリンに後退する際、故障2台、とするのを定説としているようですが、一応ドイツやロシアの資料では、

 

①ミッテンヴァルデで故障の為に放棄された車輌

②レープテンへの道の分岐点で射撃位置をとって配置された車輌

 ↑これを故障と扱う日本。故障の確認はできず、逆に戦闘記録が残る。

③ベルリンのカールオーガストに配置され最期まで戦闘を行った車輌(写真の車輌)

④ベルリンの聖トリニティ教会前に配置され最期まで戦闘を行った車輌

 

と記載されているのがほとんど。

 

この4輌だけで、いったい何両のソビエト戦車を破壊したのだろうか・・・

前にも触れたが、製造されたフェルディナンド/エレファントは90輌。破壊した車輌は1,000輌を超えている。

 

キル・レシオがドイツ軍戦車の中で、ずば抜けていることを最後にもう一度述べておく。

 

今日はここまで。