オーデル川の渡河から始まり、ベルリン攻略作戦最大の激戦地であるゼーロウ高地の攻防。
ナイセ川渡河。ジューコフとコーネフの二人の元帥がベルリンを包囲しようと駆け回る。
ジューコフのベラルーシ軍は東(右側)から力押しで北東(上側)へ回り込む。
コーネフのウクライナ軍は抵抗らしい抵抗を受けずに南(下側)から西(左側)へ回り込む。
正面に立ちふさがるのは第9軍ヴァイトリングの第56装甲軍団。
ヴァイトリングは現場叩き上げの軍人であり、意地を見せた。
①ジューコフのベラルーシ軍のオーデル川渡河
②コーネフのウクライナ軍のナイセ川渡河
①第9軍のゼーロウ高地 ・・含むヴァイトリングの第56装甲軍団
オレンジの六角形はベルリン
ボリシェビキ殊共産党はドイツ軍の10倍以上の大損害を出しつつもベルリンの降伏を受け入れたが、勝者たる生き残った兵士らは、後日共産党員を除き、ほぼ全員処刑される。
第614重駆逐戦車中隊として戦った重駆逐戦車エレファントはたったの4輌。
内、1輌は故障で放棄されたが、残りの3輌はベルリン市街迄撤退し、最期まで徹底的にボリシェビキを叩いた。正面装甲20㎝。繰り出される88mm戦車砲を無力化する為には3km以上も離れないといけない。
結局ボリシェビキは最期までエレファントを倒すことは出来なかった。
実は戦闘で通常撃破されたのは製造された90輌の内、たった1輌。
T34/80やスターリン重戦車約10輌+重砲に不運にも包囲され、至近距離(十数m)から数十発集中攻撃を喰らって撃破された1輌のみである。エレファントの実損はそのほとんどが自爆による放棄なのだ。
ゲームで言う所謂ラスボス的な存在なのであろう(合ってる?)。
実は実損撃破比率で最も効率良く敵戦車を撃破したのは、このエレファントで、ドイツ軍戦車の中で最も優秀な成績を収めているのだ。MVP戦車と言っても過言ではない。
上記オレンジの六角形が雑なベルリンの範囲を示しているが、その直ぐ南(下)にツォッセンという小さな町がある。ここで、②であるコーネフのウクライナ軍を迎え撃つことになる。
コーネフは逃げるように西側へ回り込むので、エレファントにしたらベルリンへ後退せざるを得なかった。
同じ時期同じ場所に所在した、超重戦車マウスは、逆にコーネフと同じ方向である西側へ移動しようとして失敗したのであった。
ところで、そのエレファントについては貴重な写真が残っている。
第653重駆逐戦車大隊から1945年1月に独立したのが第614重駆逐戦車中隊であるが、そこのエレファントを追ってみることとする。
第653重駆逐戦車大隊(1944年12月)の編成を見てみよう。象さんだらけだ。
左側の6輌のエレファントにはタレット番号が無い。所謂予備車輌のようだ。T34に対空砲を載せた車輌なんかも使っている。車輌本体がチェリアビンスクのソ連製でタレットがFlakドイツ製の対空砲という車輌。何というキマイラ。
そして何気に左上2輌目を見ていただきたい。
5号パンター車輛本体に、4号のタレットが載っている戦車がある💛
そして!一番左上003コマンダーの車輛は、何と!ポルシェ・ティーガーなのだ!
実はポルシェ・ティーガーが実戦に投入されていたことを知ったのはこのリサーチをしてからのこと。てっきりワンオフの試作機だと思っていた。ガンダムの世界で該当するモビルスーツで例えると、正に、ガンダムそのものであるイメージだ。
エレファントの話題からずれるが、ちょっとだけポルシェ・ティーガーを見てみよう!

ポルシェ・ティーガー前方。タレット番号003がきちんと描かれている。
ポルシェ・ティーガー後方。車輌後部の部隊マークに注目だ。
これは第653重駆逐戦車大隊のマークだ。このポルシェ・ティーガー1輌でエレファント部隊を指揮していたので、マークは一番左側のものとなる。遠目に見ててっきりカタカナの「キ」かと思ったものだ。
話題をエレファントに戻す。
何を根拠としたのかは不明であるが、この第614重駆逐戦車中隊のエレファントをキット化したのは、バンダイのみと考えられるが間違えないだろうか??
バンダイ:エレファント614中隊車輌1945年ベルリン完成品。
しかし、模様はバッチリ合っていると思われるものの、車両のベース塗装に問題があるようだ。ベルリン市街で最期まで戦って戦い抜いたタレット番号の無い614中隊車輌。
実車の写真を追っていこう。
1944年末のアセンブリ方面に所在する第653重駆逐戦車大隊のエレファント。
タレット番号は不明だ。
実は貴重な色塗りの場面で、車両左側に置かれているのは塗料のバケツだ。
この写真にはコメントがあり、デザートイエローを基調とした、緑と赤茶の迷彩とのことだ。
この時点ではバンダイ製の塗装表現で良さそうだ。
1944年末のフランツ・クレッチマー中尉301号車。この時点でもデザートイエローを基調としてそうだ。
1945年4月23日の戦闘で故障の為ベルリン南部ツォッセンで放棄されたエレファント。タレット番号不明。変な斑模様で、砲身はどす黒い色になっている。色の分析を掛けてみると、赤茶を白黒にした際の色調に車輌の右側は大変良く似ている。車輌左側は何色か判らないが、デザートイエローの可能性が高い。
1945年5月1日。残弾を撃ち尽くし、ベルリン市街地でエンジンを止め乗員も降りたエレファント。(場所も3輌共に判明しています)
周囲にはT34やスターリン重戦車などの残骸が山積みになっていたそうだ。
最期まで戦い抜いて武器を置いた元勇者と言ったところだろうか。
車輌の色は、赤茶をベースに、デザートイエローの網目模様になっていると思われる。
見たことのない塗装。
今日はこんなところまで。
なかなか模活できない。
時間無い。








