資源協定でウクライナ利権を手にした米国だが、露国は欧米軍の侵入を許さない
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202505020000/
アメリカとウクライナは4月30日、鉱物資源協定に署名した。
この協定により、ウクライナとアメリカは鉱物を探すための共同投資基金を設立し、収益の分配方法を定めることになる。
この協定はドナルド・トランプ米大統領が強く求めていたもので、これを口実としてアメリカ政府はウクライナに軍事支援するつもりだろう。
トランプ大統領はアメリカがウクライナに対する軍事支援を再開すればロシア政府は屈服するとでも思っているのかもしれないが、そうなる可能性は小さい。
この協定についてロシアのドミトリー・メドベージェフ国家安全保障会議副議長は、アメリカの支援に対し鉱物資源で支払わざるを得ないところまでウクライナをトランプ大統領は崩壊させたと語っている。
セルゲイ・ラブロフ外相は4月27日、ブラジルのオ・グロボ紙に対し、ウクライナ紛争を終わらせるために満たさなければならない条件を改めて述べている。
条件のひとつはウクライナによるロシアとの交渉の法的な禁止を解除すること。
さらにウクライナは中立かつ非同盟の地位を維持し、NATOに加盟しないこと、西側諸国は制裁を解除し、凍結されたロシアの資産を返還することを求めている。
クリミア、セバストポリ、ドネツク、ルガンスク、ヘルソン、そしてザポリージャにおけるロシアの主権的な支配を国際的に承認すること、ロシアの言語、メディア、文化、伝統、そして正教会などに対する弾圧を止めることも要求している。
ネオ・ナチの問題もある。
こうした条件が満たされ、和平合意への明確な道筋が示されない限りロシアは戦闘を継続するということだろうが、さらに大きな問題が残されている。
ウォロディミル・ゼレンスキーと西側諸国軍のウクライナ駐留だ。
イギリスの情報機関MI6にコントロールされている可能性が高いゼレンスキーは30日間の無条件停戦を主張していたが、これはロシア軍の動きを止め、ウクライナ軍の戦力をテコ入れすることが目的だとロシア政府でなくても考える。
また、CIAとの関係が深いラジオ・リバティの見通しによると、その停戦期間中にヨーロッパ諸国がウクライナの西部に「安心感を与える部隊」を編成する。
その部隊は地上軍ではなく、ハブとして機能しているリビウ空港とその周辺地域を「空中パトロール」すると、このメディアは推測しているが、ロシア側はウクライナに西側の軍隊が駐留すれば、軍事攻撃の標的にするとしている。
これは単なる脅しではないだろう。
国家の存亡がかかっているからだ。
本ブログでは繰り返し書いてきたように、ネオコンたちが1990年代から続けているNATOの東への拡大は現代版の「バルバロッサ作戦」、いわば「ネオ-バルバロッサ」にほかならない。
バラク・オバマ政権がウクライナをクーデターで乗っ取った段階でNATOはルビコンを渡ったと言える。
そのクーデターの際に動かなかったプーチンは大きな間違いを犯したと言われた。
ウクライナでの停戦に同意し、どのような形であれ、西側の軍隊を同国へ入れることはロシアにとって受け入れ難いはずだ。
「新デタント」でアメリカから経済的な利益を得られると浮かれるような話ではない。
プーチン大統領もそうした譲歩はしないだろう。
ヨーロッパの現指導部はアメリカがロシアに楽勝すると言う前提で好戦的な政策を推進してきたのだろうが、その見通しは間違っていた。
ウクライナでクーデターを実行する際にネオ・ナチを使っているが、それだけでなくウクライナ軍に武器弾薬を提供、さらにアル・カイダ系戦闘員も戦場へ投入してきた。
戦闘が終了した場合、ネオ・ナチやアル・カイダ系戦闘員が武器を携えてヨーロッパ諸国へ入り込む可能性が高い。
失業問題が深刻化するだろうが、それだけでなく、兵器は犯罪組織へも流れ、戦闘員が市街戦を始めるかもしれない。
ヨーロッパ諸国の政府としては、そうした兵器や兵士はウクライナに留まっていてほしいだろう。
つまり、戦争は終わらないでほしいはずだ。
ネオ・ナチによるオデッサでの住民虐殺から11年
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黒海に面したウクライナの港湾都市オデッサで2014年5月2日に住民がネオ・ナチの集団に虐殺された。
今から11年前のことである。
その日の午前8時にサッカー・ファン、いわゆるフーリガンを乗せた列車が到着、そのフーリガンを赤いテープを腕に巻いた集団が挑発しながら広場へ誘導する。
その集団は「NATOの秘密部隊」ではないかと疑われているUNA-UNSOだ。
広場ではネオ・ナチのクーデターに反対する住民が集まっていた。
その反クーデター派住民は労働組合会館の中へ誘導されている。
虐殺に「サッカー・ファン」を利用するという案を出したのはアルセン・アバコフ内相代行だとされている。
その会館の中へ外から火炎瓶が投げ込まれて火事になり、焼死した人が少なくないのだが、焼かれる前に棍棒で殴られたり銃で撃たれて殺された人もいた。
地上階よりも地下室で殺された人が多いともいう。
その際、屋上へ出るためのドアはロックされていたとする情報もある。
会館の地上階では48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられているが、現地の人の話では多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名に達するという。
虐殺の詳しい調査をキエフのクーデター政権が拒否しているので、事件の詳細は今でも明確でない。
オデッサの虐殺から1週間後の5月9日は第2次世界大戦でソ連がドイツを破った「戦勝記念日」。
この日、ウクライナの東部でも催し物が計画されていたのだが、その日にキエフのクーデター政権は東部にあるドネツク州マリウポリ市を攻撃した。
戦車を入れて市内を破壊、非武装の住民を殺害、警察署を攻撃している。
この時に地元の警察は住民を撃てというキエフの暫定政権の命令を拒否、多くの警官は拘束され、残った警官は警察署にバリケードを築いて立てこもったという。
クーデター政府によると、20名の「活動家」を殺害し、4名を拘束したとしているが、住民側は3名が殺され、25名が負傷したとしている。
その際、住民が素手で戦車に立ち向かう様子が撮影されている。
バラク・オバマがアメリカ大統領を務めていた2013年11月から14年2月にかけての時期、オバマ政権はネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛け、2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除したわけだが、その前にもヤヌコビッチはアメリカ政府に排除されている。
ジョージ・W・ブッシュがアメリカ大統領だった2004年11月から05年1月にかけての時期に実行された「オレンジ革命」だ。
ヤヌコビッチを排除した後、オバマ大統領は4月12日にジョン・ブレナンCIA長官を秘密裏にキエフへ送り込んでいる。
4月22日には副大統領を務めていたジョー・バイデンもキエフを訪れた。バイデンの訪問に会わせるようにしてオデッサでの工作を話し合っている。
そして5月2日の虐殺だ。
事件後の調査によると、バイデンのキエフ訪問に合わせ、
キエフでアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行、
アバコフ内相代行、
バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、
そしてアンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行らが会議を開いている。
ドニエプロペトロフスクのイゴール・コロモイスキー知事もオブザーバーとして加わっていた。
事件の数日前になるとパルビーは数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ運んだ。
その装具を受け取ったミコラ・ボルコフは虐殺の当日、労働組合会館へ向かって銃を発射、状況をキエフの何者かに報告する様子が映像に残っている。
クーデターの後、軍や治安機関から約7割の兵士や隊員が離脱し、その一部はドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。
そのため、当初は反クーデター軍が戦力的に上回っていた。
そこでクーデター体制は内務省にネオ・ナチを中心とする親衛隊を組織、傭兵を集め、年少者に対する軍事訓練を始めた。
並行して要塞線も作り始めている。
西側諸国はクーデター体制の戦力を増強するために時間が必要だったが、それがミンスク合意だ。
この合意について当時のドイツ首相、アンゲラ・メルケルはキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎに使われたと後に証言、フランソワ・オランド元仏大統領もその発言を肯定している。
ロシア軍は春に攻勢をかけると言われているが、今後、特に重要になると思われる場所はオデッサを含む南部だろう。
ロシア軍はオデッサへ進撃する準備を進めていると見られている。
露軍の手加減でウクライナ戦争はまだしばらく終わらない。
「アゾフ」が独自に行動している大統領が存在しないウクライナ
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