その日、私は疲れていた。

普段はデスクワーク+電車で外回りという、典型的なサラリーマンスタイルの私だが、その日は終日、立ちっぱなしで力仕事の作業をしていた。

いつもだったら仕事を終えた瞬間──あるいは仕事が終わる1時間前から、本日の夕食を考えるのが日課になっているが、この日に関してはどうもそんな気になれず、キッチンに立つ姿をまったく想像できなかった。

そのありのままの気持ちを妻に伝えたところ

「じゃあピザを頼めばいいじゃない」

という、およそ私が思いつかない提案をしてくれた。それはまるで天啓のようで、私の背後に後光が差し込んだことを強く感じた。


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ピザである。


私にとって宅配ピザとは特別な食べ物で、パーティーやイベントの時に頼む神聖なものだった。

何もないこんな平日に頼んで良いものか。しかも今日は月曜日だ。月曜日からこんなに浮かれていいものか──と一瞬悩んだが、私は大人である。カネにモノを言わせて自分の欲望を叶えることができる大人である。

そうして私は帰りの電車で、宅配ピザを予約した。スマートフォンから簡単に予約できる、とてもいい時代になった。

ところが普段使わない宅配ピザのスピード感を、私は見くびっていた。最寄り駅に着いた頃に「準備が完了しましたので、配達に出発しました」と通知メールが来た。

驚嘆である。

たしかに30分以内に配達とは書かれていたが、注文してからまだ10分も経っていない。うっかりすると私が帰宅するより前にピザが届いてしまうかもしれない。そんな事態は避けなければならない。


走った。

私は走った。


先ほどまで「キッチンに立つ姿を想像できない」と腑抜けたことを言う男の走りではない。まるでフローレンス・ジョイナーのような美しい走りだった。

そうして私が自宅に着くと程なくしてピザがやってきた。私は息も絶え絶えだったが、ひとつ大きく呼吸をして、何事もなかったようにピザを出迎えた。

「意外と、早かったですね」

と、なんとも余裕ある態度をとったあたり、自分自身が大人であることを実感した。


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ピザである。


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バッファローチキンも頼んでしまった。

しかしここで私は大変なことに気づいてしまった。

「これでは野菜が足りない!」


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サラダである。

このままでは栄養バランスが悪いと思い、急いでピクルスとオリーブのオニオンサラダを作ったのだった。先ほどまで「キッチンに立つ姿を想像できない」と腑抜けたことを言っていた私だが、結局台所に立ち、玉ねぎをスライスしてしまった。なんとも真面目な男である。

こうして、カネで自らの欲望を叶えてピザを食べ終わった私に残っていたのは、圧倒的な勝利感である。何もない月曜日に、宅配ピザを食べている私は、間違いなく勝者であることを実感した。誰に勝つとかそういう話ではない。心の中に生まれた圧倒的な勝利感に、私は酔いしれたのだった。

私は先ほど「ピザは特別な日に頼むもの」だと思ったと書いたが、どうやらそれは違ったようだった。

ピザを頼んだ日が、特別な日になる──そのことを学んだ月曜日の夜、夜空に輝く無数の星の真ん中には、まるでピザのような月があったのだった。


(完)


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