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知人のWさんからHさんがまた自殺未遂をしたとメールが来た。
Hさんはkimimatsuよりも少し年下の独身女性である。
彼女は数年前にも自殺未遂をしている。
いや、kimimatsuから見たら未遂ではなくて狂言だ。
薬を飲んで、Wさんに
『あたし、つらくて薬飲んじゃった。バカよね。』と電話をかけてきたのである。
思うに、薬を飲む、手首を切る、これはいずれも本気で死ぬ気がない人がやるパターンである。
たまに本当に死んでしまう人もいるが、それはきっと誤算だ。
もっと早くに誰かが助けに来ると思っていたに違いない。
さて、Hさんだがやはりというか睡眠薬を多量に飲んだらしい。そしてまたWさんに電話をした。
自殺の動機は『金』である。
Hさんはもうずいぶんと無職である。
しばらくは失業手当で暮らし、それが切れると何やら上手い理由をつけて、生活保護を受け、足らないおこずかいは誰かに借りていた。
そして住まいは愛人である男が東京出張用に借りているマンションである。
貯えはないものの、住まいとおこずかいには不自由の無かったHさんは毎日遊び歩いていた。
もちろん、最初からそうだったわけではなく、就職活動をしている時期もあった。
少しだけ働いた時期もあった。
だけど長続きしない。
新しい仕事はどれも前ほどの収入にはならない。
やっているうちに馬鹿らしくなってしまうのだ。
一度、贅沢や楽を味わうとなかなか生活は変えられないのだ。
Hさんの優雅な暮らしは破綻した。
それはリーマンの破綻と同時に。
まずは愛人の会社が倒産し、マンションは解約された。
おこずかいをせびっていた男たちも出し渋りするようになった。
それでも意外と図太いHさんは『生活保護は入るしマンションだってすぐには追い出されないさ。』と働きもせず、遊んで暮らした。
世の中はそんなに甘くなかった。
密告があり、生活保護は打ち切られた。
当たり前だ。
まだ仕事はいくらでも見つかるのに、遊ぶ元気はあるのに働きもせず、そんなのが許されるわけないのだ。
誰かが密告したらしかった。
Hさんは収入源を失った。
そして、追い打ちをかけるように家賃を滞納しているマンションは今月末に強制退去ということで鍵を替えられてしまう。
Hさんは困ってWさんに電話した。
やさしいWさんならきっと何かしてくれると思ったからだ。
が、しかしWさんは今回は冷たく突き放した。
こうなる前にやさしく、やんわりと
『なんでもいいから仕事した方がいいんじゃないの?』
そう何度も言ったからだ。
そして今回のこの自殺未遂(kimimatsu曰く狂言自殺)に至ったのである。
kimimatsuのところへはこういう相談は全く来ない。
以前、別の件でそういう話題になった時に
友人に
『いやだぁ、kimimatsuちゃんにするわけないじゃないの!
最後の砦ってゆーか、こういう相談は頭ごなしに怒ったり、もっともだけどきついことを言う貴方みたいな人じゃなくて、うんうん、わかるわぁ、そーよねー、つらいよねー、ってお母さんみたいにやさしい人にするものなのよ!』
そう言われたことがある。
『ふ~~~~ん。』
ちょっと納得がいかない顔をしていたkimimatsuに友人は続けて
『貴方みたいなタイプには、アゲアゲな時にさらに背中を押してもらいたい時に相談するのよ。』と。
なるほど。
新しく何かを始めようとしている時にはよく相談される。
やらずに後悔することを一番嫌うkimimatsuは誰かが何かを始めようとしている時は、それが銀行強盗などの犯罪でない限りは背中を押す。
ただし、自分なりに感じた注意すべき点は伝える。
でもストップはかけない。
成功するか否かは誰もわからないからだ。
ふむふむ。
そしてWさんはkimimatsuとは逆に何か困ったことが起きて不安でしょうがないときの駆け込み寺だ。
だけど、解決にはならない。
その場なんとなく安心出来る、そんな感じだ。
そして駆け込み寺に飛び込む人は皆気づいていない。
Wさんのようなタイプだってずっとやさしいわけではない。
ただkimimatsuよりもずっと忍耐力があるだけだ。
ある時に一気に突き放す。
Wさんにとっては『ここまで相談受けて色々アドバイスもしたんだからいい加減気づいてるはず』そう思ってのことだろう、
しかし甘える側は『なんで???今までやさしかったのに、どうして急に?』とパニクる。
さて、この後Hさんはいったいどうするのだろう?
そしてWさんは『私が冷たくしたからかしら?』と自分を責めている。
kimimatsuが言えるのは
Hさんはよっぽど根性入れ替えないとこの先誰も相手にしなくなっちゃうし、
Wさんは自分を責める必要はないけど、無闇にやさしくするのも罪だということを知った方がいい、
飼えないのら猫に餌をあげるのは必ずしもいいことではないと思う。
そして、こういう相談が自分には来ないと言うのはすごく幸せだ、
ということである。