悩みと決別!
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突然ですが
あなたは
これまでの人生で後悔していること
どうしても許せないこと
忘れたくても忘れられないこと
そうした思いがありますか
もしもあるなら
そしてそれを克服したいと思うとき
哲学小説
ニーチェ
『ツァラトゥストラはこう言った』
ここで語られる永遠回帰を見つめるのも
ありなのでは
と思います。

永劫回帰に関する最初のメモ 1881年
永劫回帰では
たった一度でも
心からのよろこびの経験があれば
人生は何度でも繰り返すに値する
というのです。
それを話させていただく前に
ニーチェというと、
「神は死んだ」というフレーズが
強烈ですが、
これはこの『ツァラトゥストラ』の序文
第一部「超人と「おしまいの人間」」
2の終わりにも出てきます。
これは、
神という絶対者に依存し、
頼るのではなく
自分で人生を切り開こうと
言ってるのです。
もう一つ、
この「ツァラトゥストラ」とは
どういう意味かというと、
ゾロアスターのドイツ語読みです。
ゾロアスターは古代ペルシアの
ゾロアスター教(拝火教)の始祖。
仏教でも護摩を炊くじゃありませんか
お水取りも
とんでもないほどの火を炊きますよね
これは
ゾロアスター教との関係が濃厚です。
ゾロアスターは、
世界で一番古い宗教なのです。
それでなぜ
裕福な牧師で教師を父に持った
ニーチェが、
主人公をゾロアスターにしたのか
ですが、
ゾロアスター教の世界観は二元論で
善神アフラ・マズダと
悪神アーリマンが描かれます。
なので
ゾロアスターは道徳の矛盾を
最も知っていたのでは
ということのようです。
さて、話を戻しましょう。
第三部「幻影と謎について」で
物語の主人公ツァラトゥストラは、
ある断崖絶壁で、羊飼いが
のたうち回っているのを見ました。
喉に侵入した黒い蛇が、
羊飼いを窒息させていたのです。
どんなに引っ張っても
取り出すことができませんでした。
そこでツァラトゥストラは
「その頭を噛み切れ」と勧めたのです。
羊飼いは蛇の頭を噛み切って
吐き出しました。
その瞬間、
羊飼いは高らかに笑い、輝くような、
人間を超えた偉大な存在に変わります。
そのとき羊飼いはもはや羊飼いではない
超人となったのです。
「永劫回帰」では
自分にとって最悪なことも
また巡ってきますよね
人生にはさまざまな局面があるので。
そうすると
何をやっても意味をなさない
無意味、無価値だと人は
虚無的なニヒリズムに陥ります。
また同じくニーチェは、
ニーチェ特有のルサンチマンという
表現もしました。
自分と自分の住むこの世界を
肯定できない人間は、
この世界にルサンチマンを抱き、
この世界を否定し、
別の世界に救いを求めます。
弱者が敵わない強者に対して内面に抱く
憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬といった
感情をルサンチマンと表現したのです。
このニヒリズムとルサンチマンを
噛み切ることで
最悪の事態も含めた永遠回帰を受け入れ
自分の人生を全肯定する
超人になることができると
主張したのです。
ニーチェは
エネルギー保存の法則のもと
万物が運動すると、
永遠の時間が経てば、
また元の状態が訪れると考えました。
簡単にいうと
宇宙では
その中のエネルギーの総和は
一定だという法則です。
エネルギーが物体から物体へ移動したり
形態が変わったりするとき、
その総量は変化しない
というのがエネルギー保存に法則です。
19世紀に確立された物理学の基本法則
ですね。
これは
紀元前1世紀のルクレティウスの
哲学詩『ものの本質について』を
思い起こさせます。
これも一言で言うなら
人でも物でも滅し、
死んで消えて無になってしまうなら、
いつかは全部消えてしまって
宇宙は空っぽに
何も存在しなくなってしまいますよね。
それは、おかしいじゃないですか。
だから
宇宙に存在するすべては
分離と結合を繰り返していて
その総和自体は
常に一定と説いたのです。
わたしはこの考えを
採用というか選んでいて
自分の死生観にしています。
ニーチェは嫌なことも含めて
人生を丸ごと全肯定すること
これを「運命愛」と説きました。
一度でも大きな大きな喜びがあれば、
ほかの嫌なことを全て引き連れても
この人生は何度でも生きるに値する
それほど余りあるもの
なのではないでしょうか。
ルサンチマンもニヒリズムも
最高の喜びを忘れさせてしまう、
これがいけないのですね。
本当は
素晴らしいことが
あったではありませんか
幸せがあったことを
忘れないことが
最も大事なのだと
ニーチェは言っているのです。

左:ルー・サロメ 右:パウル・レー1882年
ニーチェはサロメに恋をしました。
けれども失恋します。
それでも
二人で散歩をしたあの黄金のひととき
恨むことよりも
その至福のときを大事にし続け
そこに生の肯定を見出し
生きる価値を与えたのです。
ニーチェと妹 1889年
ニーチェの人生は壮絶なものでした。
今日はサロメ以外のほかには
何にも触れませんでしたので
機会があれば、ぜひお話しできればと
早足で、どこまでお伝えできたか
分かりませんが、
なんらかのヒントになると嬉しいです。
どうぞ
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今日も清々しい一日を
お過ごしくださいね
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KIMIÉ
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