年末年始にかけて私の実家へ帰省した。
9歳男子が従兄弟たちと遊ぶのを楽しみにしていたので渋々ながら覚悟を決めました。今回は4泊5日になった。
これまでの経験からして3日が限界。
3日目には外面が維持できなくなり、メンタルが危険域へ進む
毎度帰りの車中で言動が不安定化しボロボロ泣きじゃくる
泣きながら怒りに戦慄いてる
次はお盆、それまで顔を合わせなくていいし、声も聞かずにすむのだから頑張れと、自分に言い聞かせる。
実家のお正月料理に、私の好物だけがないのは、毎度のことで、どうしようもない。故意に外しているのか、そもそも私がいると気付いてないのか分からないけど、なくて当たり前だ。息子が産まれてからは食事人数にカウントされ始めただけマシになった。
母の台所では母が指示した調理しか許されない。
私のアレルギーや息子の離乳食や偏食幼児食にも対応できなくて、
夫にコンビニへ行ってもらった。往復に1時間近くかかる。
コンビニ行きが父母に露見し、私を庇った夫が立場を悪くしてしまった。
翌年からは食品を隠し持つ方法に変更した。
かといって自宅で作ったものを持参しても、母はあからさまに不機嫌になるし、冷蔵庫は使わせてもらえない。
お正月から何故別々の鍋で調理したものを食べなければならないのかと叱ってくるので、子ども達向けの揚げ物等のメニューも含めて料理の持参はやめてしまった。
調理前の食材(すき焼きする日に牛肉とか)を差し入れても、無視され床に放置されて腐らせるので、やはりやめた。
その母が「これは妹1の好きな料理だったね。こっちは妹1娘の好きなやつ。明日の夜には妹2と妹2息子の好きなメニューにしよう。たくさん食べてね〜」 とニコニコしながら、大皿やお重を並べていく。
私と息子には「この家で好き嫌いは許さない」と、目の前で起きていることすら見えない父が言う。
毎年1月2日の夜のメニューは命に関わるので、食べていないのを悟られないように振る舞いつつ、カロリーメイトを隠し持つ。
食べていないのを気付かれると取り分けられる。
このアレルギーは30年前に実家で発症し救急搬送された。
救急隊員に説得され、救急車には母が同乗した。
普段は心配なだけの、息子の精神的成長のアンバランスさが、この時ばかりはありがたい。 息子は大人数で囲む食卓が楽しくなって幸せそうだ。
息子が従兄弟に会いたがる内は、隠れてカロリーメイトを食べる年末年始だ。
夫は、自分が居ない時に私の扱いが更に酷くなるのを知ってから、宿泊が伴う帰省には必ず同行してくれる。