投影の世界 | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ



ずっと
「気持ち悪さ」を
感じていることがあって

この21日間
それを感じていた。

積極的、強制的に観ないと
「嫌悪」して
避けてしまいそうになる。
意識に登るだけでも
気持ちが悪いからだ。

「執着」と「嫌悪」は裏表。

欲しくて欲しくてたまらない。
嫌で嫌でたまらない。

両極に振れている状態。

どっちにしろ
フォーカスしまくっている。

気持ち悪くてたまらない
それに
フォーカスしまくっているという
そのこと自体が
悔しくてたまらない😆

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●投影
●鏡の法則

「人の嫌いなところは
 自分が禁止している部分」

だとか

「人は自分を映す鏡だ」とか
「夫婦は互いの鏡だ」とか

心の世界では
よく言われることで
ま、そのとおりなんだけど

フォーカスしてしまう
人やコトだけではなく

「自分の世界すべて」
「世界の隅々まで」
ずべてが「投影」なのだと
腑に落ちたのは最近だ。

おかげで
「世界には自分しかいない」
という言葉が
ようやくわかった。

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この世の全て
なにを見るにしても
「自分」を通してみるしかない。

だから
自分の思うこの世界は
全て自分の思い込みを通した世界
「解釈」なのだ。

※画像はコミュニティで使った
「事実と解釈」解説のもの。





同じコト(事実)に直面しても
受け取り方
感じ方が違うのは
誰でも経験があるだろう。

目の前の人を見てるつもりでも
自分の「解釈」を排除して
見ることは絶対にできない。

自分にはどうしても
そうにしか見えなくても
他の人から見たら違う。

私には
「気持ち悪く」しか見えないAさんが
Bさんには
「可愛い」に見えていたりする😆
(実話)

この場合
Aさんはきっかけにすぎなくて

私の中の解釈の映像
Bさんの中の解釈の映像を
Aさんをスクリーンにして
それぞれに映し出しているだけだ。

そのときは
自分の「心の狭さ」に
ダメ出しをしたけど😅
今となればそこに
自分を見る鍵がある。

ーー

憧れの人に関しても
実際の相手はキッカケにすぎず
相手に自分の解釈を投影して
憧れている。

なので
実際の相手がその
自分の思い込んだ憧れに
反するようなコトをすると
「裏切られた😱」になる。

いや、多分
モトモトその人は
そういう人だっただけだ😆

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これと同じことを
人だけじゃなくて
この世界すべてのものにしている。

●人は見たいように世界を見ている
●世界は自分で創っている。
●内側が外側に現れる。

それはこういうことだ。

自覚はないかもしれないが
一人残らずこれをしている。
例外はない。

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自分が普段からしていることを
他人もしていると思いこむ。

例えば。

本当は嫌でも
なかなか断れない人は

自分が何か引き受けてもらった時も
相手は本当は嫌だったのかも
と疑う。

誰に対しても、だ。

相手が本当はどうかは
もはや関係ないのがよくわかる。

そして断られたモノなら
それは「よっぽど」のコトだと思い
自分は嫌われているのかもなどと
盛大に落ち込む。

一方
普段から「気分で」断る人は
断られても
自分がどうこうではなく
相手の都合だと解釈するので
何も気にすることはない。

こんなカンジで
万事が万事
自分の内側が外側に出現し
どんどん世界を構築していくのだ。

(つづく)

※現在インスタグラムをメインで投稿しています