一ヶ月後の【現実】 | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

「サラとソロモン」の投稿から
一ヶ月。


(過去の自分の意識が作った)
魔の前の現実を
どうこうするコトを手放し

今「いい気分」でいることを
選択し続けた
一ヶ月。


そりゃ、途中で
目の前の現実に
振り回されそうになったこともあったし
泣いたこともあったけど

30分後には
「あ、またハマってる」と気がついて
手放すことの繰りかえし。


まあ、長年の癖なので
何度もやります……でも、まあ。
そんな自分も、肯定です。

よしよし。
よく気がついた真顔




ーーーーーー




そして

一ヶ月前の自分の意識が
創り始めた現実が今。


少しづつ
私の目の前に現れている。







一言で言えば。

なんて。
なんて。

「楽チン」なんだろう。






ーーーーー




事象が変わったわけじゃない。



いわゆる
良いことも悪いことも
起こる。




でも、それに対して


ネガティブ反応し、不安になり
どうにかしようと、躍起になって
イライラ、ヤキモキして

胸や胃がギュ〜〜ッっと
締め付けられるようになっていた

自分はもういない。





そう。

それじゃなくて
良い気分の自分でいると

決めたから。



ああ、ホント
大変だったね〜〜〜〜!!











ただ、今わかるのは

本当に、本当に
怖かったんだ。


怖くて、不安で
目が離せなかったんだ。





でも。

本当に怖いものはその現実なのか?

その「現実」はダミーで
本当に恐れているものはなんなのか?

そもそも
その「恐れ」は本当に怖いのか。

その恐れを感じた先に何があるか。


それが起こったとして
その先に何かある?

それ、起こってても
別に大丈夫じゃない?


起こらないように見張って
怖がって、避けて
見ないようにしてた時より
全然怖くない。


うん。
どおってことない。




起こっても、起こらなくても
いい。





ーーーーーー


つまり



その
本当に、本当に怖かった

恐れも不安も
「気のせい」だった。



「幻想」だった。

自分で創り出してるものだった。




起こる現象/物事は常にフラットだ。
そこに意味付けしているのは自分。


現実、何が起こっても大丈夫。






ーーーーーー


ここを体感/実感するまでが
本当に長かったニヤニヤ


ーーーーーー








先日、実家に寄った時に
こんな場面に出くわした。



実家に住む弟家族には
発達障害と診断されている
長男がいる。

弟嫁は、息子の面倒をみるために
正社員の仕事をやめ
パートに切り替えた。

弟は仕事にかこつけては
早朝に出かけて深夜に帰宅する。

休日も、一人で出かけて
息子の迎えにも行かず
母が、頼んだ家の用事も何もせず
1日帰ってこない。

母は「いつもお金ないお金ないって言って
   家に大したお金も入れないのに

   家の用事もしない
   親の自覚がない」という。

弟嫁は怒って、電話にも出ない。
母は「ああ今夜も夫婦喧嘩だよ」と
ぼやいている。



ーーーーーー


瞬時に私には
こんな思考が浮かぶ


・弟は精神的に追い詰められているのかな
・弟夫婦が仲悪いのは嫌だな
・家に、大したお金も入れてないのに
 世話になりっぱなしなんて、虫が良すぎる
・父が働けなくなったら、この家族どうなるんだろ



いまだに、自動的に、ここまででてくる。





以前は、さらに

・(衝動が抑えきれない)甥っ子の暴力が
  体が大きくなって、もっとひどくなってDVとかなったらどうしよう
・母が一人で面倒見てる時に怪我したらどうしよう


とか
なってもいない未来まで想像して
不安になっていた。




そして

弟の相談に乗ったほうが良いか?とか
弟にお金について一言、言ったほうが良いか?とか

頼まれてもいないのに
どう対処しようと
あれこれ考えて。



でも、結局
どうもしない自分に
ダメ出しをしていた。


さらに。


社会福祉士の妹が
(私と違って)いろいろな資格も経験もあって
家族にに対して、あれこれいうので
そう、できない自分に劣等感もあった。




ーーーーーーー



今回。

目の前の現実はともかくとして

本当のところ何が怖いのか
「私は」何が怖いのか見てみた。







この、現象で
「私は」何が怖いのか?



弟が精神的に追いつめられてどうにかなってしまうのが怖い
例えば最悪、疾走や自殺なんかもあったりもして
(ここまで自分的に、浮かんでくることを包み隠さずそのまま受け止めて)

弟が、この現状を避け逃げている(ように私には見える)
今の状況の苦しさより良いかもしれない。
その逃げてる苦しさは
本当に苦しいものね(これは私の経験)





家族が、現状から変化してしまうのが怖い
そもそも、今の状況って
望んでる状況なのなの?
現状維持が良いこと?
変化は悪いこと?
そうでないなら、変化も良いよね。





自分がその状況で
「何もしなかった」と後悔するのが怖い


私にとっては
これが一番怖いのかもしれない。


なんだか、状況を見て見ぬ振りをしながら
手を出さない状況というのが
それこそ、向き合ってないとか
逃げてるとか言われそうで。

罪悪感を避けるために
恐れから、かかわるのは
今はもう、違うと知っている。

まず、それは
猛烈に気分が悪い。




ーーーーー



今思うのは
この時の前提だ。

この時の私は
「後悔する」前提を持っている。

つまり、未来には
悪い現実が起こる……という前提。




それはもちろん、気分が悪い。
そのバイブレーションを発している。

「サラとソロモン」を読んだ私なら
そのバイブレーションが
未来を作ることは理解している。





だったら
ポジティブ転換すればいい。




では、気分が良い前提は?

自分が何もしなくても
家族は大丈夫。
必要な時に、必要なことが起きているだけ。


ネガティブな面を見ないことにして
ポジティブをみる(ポジティブぶりっ子)
のではなく




弟がどんな風になろうが
それは、万事良好。









そして。
父が鬱になった時のことを思い出した。

その経験があるから
弟がそうなる可能性を
感じやすくなっていることに気がつき

父が半年も眠れず
鬱と診断されて
仕事できなくなった時(2012年)
その時はとっても、大変だったけど

私が、家族と家計と
向き合うきっかけになった。



そして、今。


弟がどうなろうとも
楽になろうとも、苦しんでいようとも



それをどうにかして
押しのけようとするのではなく
受け止める。



ベストなタイミングで
なるようになる。



今の私は

信じている。

……というか

知っている。。



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こんな風に。


目の前の現実に
巻き込まれて翻弄されるのではなく
自分で選択するようになった。



自分のありたい意識に。









まだまだ、気づきの途中だけれども。

どれだけ、伸び代あるんだ、自分ゲロー
……って、思うけれども。






確実に「変化」していく



恐れから、武装していた鎧を
一つ一つ脱いで自分に還っていく

そんな自分を感じている。







そして、今。

目の前がとても
クリアに見える。



きっと
世の中はもっと
クリアに見えるようになるだろう。





そう感じている。