【嫌な現実】から受け取るメッセージ | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

「世界は自分で創っている」

ならば
この「嫌な現実」も自分で創っているというの?


病気も?
いじめも?
この天気も?

 


究極。

はい、そうです。

自分の世界にほんのすこしでも触れるものは
全部「自分」。
それが現実。


なんでしょうが。

そうは言われても
そうそう受け入れられるものでもない。

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「嫌な現実」は、なんらかのメッセージ。


そう捉えることは
そこまで難しくないかもしれない。






なんのメッセージかというと。





「自分を生きていない」コトを
知らせるメッセージ。




自分を生きていない

偽りの自分を生きている。




自分で気がつかないくらいの偽り。
ごまかしてるコトにさえ気がつかない。


それを、気がつかせるメッセージ。






自分にとって「気持ち悪い/嫌な」出来事。

病気。
事故、怪我。
いじめ。



社会的に「良くない/悪い」とされることであっても
自分にとって、嫌でなければ(気分がよければ)は、「嫌/悪い」にしなくて良い。
もし「そうは言っても、社会的/倫理的/人として」……と思うなら
そこにまた鍵があるかも。

 

 




「嫌な出来事」が起こったら。


それはなんのために起こったのか?
それは自分に何を伝えているのか?
自分は何をごまかしているのか?




それを受け取るチャンス。

そして、それを知ったら。
それをやめれば良いだけ。










やりたいことをやって

やりたくないことをやめる。








心屋でも
ただ、それだけを
最初から最後まで、言い続けられているけれど

本当に、本当にそれだけだったりする。
体感している。






でも。

私がそうだったように



「やりたいこと」がわからないヒトは

「やりたくないコト」をやめることから。




さらに、自分をトコトンごまかしてきて

「やりたくないコト」さえもわからなくなっているヒトは



「嫌な現実」にそのヒントが隠れている。

それはなんのために起こったのか?
それは自分に何を伝えているのか?
自分は何をごまかしているのか?



「嫌な現実」

それは、避けたり、変えたりするモノじゃなくて。


チャンス。