金曜ドラマ「下剋上受験」を見て。 | 脳内出血と失語症

脳内出血と失語症

2009年2月、43歳の時に、突然、脳内出血(脳卒中)をお風呂で起こしました。
右片麻痺・失語症(ブローカ失語)の後遺症が今も残っています。(身体障害者1級)

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こんばんは。
今週、金曜ドラマ「下剋上受験」最終回でした。
私は、ビデオに取って、泣きました。

下剋上受験 ― 両親は中卒 それでも娘は最難関中学を目指した! 
[文庫版] 
昼はガテン系仕事、夜は娘と勉強、そして朝まで娘のための予習…。
わが子に全てを捧げた父親の壮絶記録!

中卒の父と、偏差値41の娘が、進学塾にも行かず、2人で桜蔭中学を目指す。
話が無茶苦茶すぎて信じてもらえないかもしれません。でもこのお話はすべて
真実なのです。そして今、私たち父娘は思うのです。
この挑戦が決して無謀ではなかったことに。そして、届かない夢ではなかった
ことに…。(原作者・桜井信一さん)

私の亡くなった親父も、中卒でした。
私は、小5のときから進学塾に電車に乗って通ってました。
でも、もともと勉強が好きでなかった私は、その塾では落ちこぼれてしまいました。
学校の勉強は、そこそこできてました。
中学は、両親の勧める私立の学校に行かずに、公立の中学に行きました。
進学塾は辞めましたが、まだ、威力が残っていました。

高校は、地元の公立に行きました。
バンド、バイト、さぼり、パチンコ、停学、サテン、…
授業も単位が取れるだけ、最少限に出ていました。
3年になって、みんな受験勉強を始めていました。
私は、進路はまだ決めてませんでした。
親父は、「とりあえず、大学という名前の所にいきなさい。」
と言いました。
そして、大学進学あきらめていて、パチンコを打っているとき、
私の親友が、たまたま、私の家にベースを取りに行った際に、
私の家のものが私が3流大学に受かったので探してると聞いて、
親友は、私を見つけてくれて、仲間がパチンコ屋で合格発表を祝ってくれました。

大学3回のとき、私は
「バイトで、100万円貯めたし、アメリカに行きたいねん。
もし足らんかったら、お願いします。」
親父に頭を下げました。
親父は、気持ち良くアメリカ行きを承諾してくれました。

私は、辛い受験勉強をした記憶はありません。
でも、転職ですが、いい会社に入っています。
障害者になっても雇ってくれてます。

親父には、感謝してます。

長男、長女も、私に似ずに、国公立大学に卒業して、社会に出ています。
次男は、4月から高3です。
長男、長女のアドバイスは聞くと思います。


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今日は、4月の長男の結婚式のモーニングを借りに行きます。
晴れで暖かいようですね。晴れ



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