皆さま、こんにちは。 日々の生活の中で、ふとした瞬間に「ああ、これまでの苦労はこのためにあったのかもしれない」と感じることはありませんか?
最近、我が家では驚くような出来事や、寂しくも誇らしい変化が重なりました。膵臓がんの手術を経て、体の衰えを感じる場面も増えてきましたが、それ以上に心が温まるエピソードを共有させてください。
7年間の沈黙が溶けた、長女からの「贈り物」
先日、次女がインフルエンザにかかってしまいバタバタとしていたのですが、無事に回復。そんな折に、さらに驚く出来事がありました。
以前ブログにも書きましたが、長女とはここ7年ほど、ほとんど会話がない冷戦状態が続いていました。その後、車で長女を会社に送っていくことになり、色々会話できたと書きました。
その長女が先日、コスプレイベントへの出場のために東京へ行ってきたそうなのですが、帰宅後、妻にこんなことを伝えてくれたと言います。(なんかゲームソフトのモデルとかもやって、毎月それなりにお金が入ってくると言ってました。)
「夜の浅草寺の仲見世がすごく良かった。今度は家族4人で行きたいな」
それを聞いた時は、本当に驚きました。 思い返せば2012年、山形から熊本へ戻る際、東京経由で帰った時にみんなで浅草寺に立ち寄りました。幼かった娘の心の中に、あの時の家族の思い出がずっと残っていたのかもしれません。
まだ予定は立っていませんが、もしかしたら、また4人で東京の街を歩ける日が来るかもしれない。長く止まっていた時間が、ゆっくりと動き出したような、そんな希望を感じています。
「毒親」の連鎖を断ち切って。次女の門出に思うこと
また、4月からは次女が就職を機に一人暮らしを始めることになりました。地元での就職ですが、自立したいという本人の強い意志を感じます。
かつての私は、自分の親から自由を制限されるような、いわゆる「毒親」的な接し方をされて苦しんだ経験があります。だからこそ、自分の子供には同じ思いをさせたくない、エゴを押し付けたくないという強い思いがありました。
私自身、今の娘と同じ年齢で進学の為、家を出て一人暮らしを始めましたが、あの頃の自由で幸せだった感覚は、今でも大切な思い出です。 「寂しくなるから」と引き止めるのではなく、本人の思う道を進ませてあげたい。それが、親として今の私にできる一番の応援だと思っています。
変わりゆく家族の形、そしてこれからの自分
振り返れば、結婚と同時にこの家を建てた頃が昨日のことのように思い出されます。 かつては賑やかだったこの大きな家も、毒親がいなくなり、娘たちがそれぞれの道を歩み始めれば、いずれは妻と猫3匹、そして私の「2人と3匹」の生活になるでしょう。
膵臓がんの手術の影響もあり、最近は体力の衰えを痛感することも少なくありません。 「最後まで、頭だけはしっかりしておきたい」 そんな願いを抱きながら、静かに流れる月日を噛みしめています。
家族の形は、時代とともに変わっていきます。 けれど、かつて浅草寺を歩いた記憶が今の長女の言葉に繋がったように、共に過ごした時間は決して消えません。
病気や介護、家族との関係に悩むこともありますが、こうした「小さな希望」を大切に、一日一日を丁寧に過ごしていきたい。そう強く思う今日この頃です。
皆さんの周りにも、凍っていた心がふと溶けるような、温かい瞬間が訪れますように。