No.307 古宮・住吉神社に奈留多姫を祀る諏訪神社⑦
宮原誠一の神社見聞牒(307)
令和8年(2026年)03月08日
福岡市早良区原交差点すぐ南東に奈留多姫(なるたひめ)を祀る諏訪神社があります。表向きは住吉神社ですが、拝殿内を見ると、諏訪大社下社の「明神梶の葉紋」と住吉神社の社紋の「三つ巴紋」をみかけます。
福岡県神社誌を読むと、当初は住吉神社であったとあります。後世、諏訪神社、熊野神社が追祀され、大正時代に天満神の菅公が合祀され、現在の姿となりました。
当初の住吉神社は「神功皇后の三韓征討凱旋の折、姪浜に上陸され、鳥飼への行啓の途次、住吉神を祭る」とあります。当時の原村は砂浜の海岸近くにあったようです。
室町時代1500年頃、諏訪大社下社の奈留多姫が単神で勧請されています。
この神社の重要点は、住吉神と諏訪神社の奈留多姫が重なることにあります。
つまり、
奈留多姫 → 雨宮姫 → 阿蘇津姫 → 天照女神
の流れが見られるのです。
福岡市原の諏訪神社
福岡県福岡市早良区原六丁目20-24
祭神 八坂刀賣命(奈留多姫)
社頭には許黄玉(天照女神)の石塔があります
※刀売(とめ)とは姥(うば)で、年をとった女、あるいは後妻を意味。
八坂刀売神は奈留多姫(なるたひめ)です。
天比理刀咩(あめのひりとめ)はアソツヒメです。
■長野県の諏訪大社
『古事記』では、邇邇芸命の降臨に先立ち、建御雷神が大国主神に国譲りを迫られ、大国主神の次男である建御名方神が国譲りに反対し、建御雷神に戦いを挑んだが負けて、諏訪まで逃れた。以後は諏訪から出ないで、天津神に従うことを誓ったとされる。この神話は『日本書紀』には記載されていません。
上社(かみしゃ)
本宮(ほんみや)建御名方神(長野県諏訪市中洲宮山)タケミナカタ
前宮(まえみや)八坂刀売神(長野県茅野市宮川)ヤサカノトメ
下社(しもしゃ)
秋宮(あきみや)(長野県諏訪郡下諏訪町武居)
春宮(はるみや)(長野県諏訪郡下諏訪町下ノ原)
妻の八坂刀売神(ヤサカトメ)を祀り、秋宮と春宮は、半年毎に神霊の御遷座が行われる。
どちらも神殿はなく拝殿があるのみで、御神体は拝殿奥の御神木。
下社が分かれている理由は、建御名方神と八坂刀売神が夫婦喧嘩され、別居されたことによるとされる。八坂刀売神の名は『記紀』には出てきません。
諏訪神社の社紋は梶紋(梶の葉)ですが、諏訪大社の社紋は梶紋でも異なります。
諏訪大社の神紋は梶紋ですが、上社は根が4本の「諏訪梶の葉」、下社は根が5本の「明神梶の葉」となっています。
※建御名方と奈留多姫(百嶋先生講演要約)
南九州の熊襲の頭領は建南方(建御名方)ですが、北熊本から肥前東、筑後、朝倉も広い意味で熊襲の領域でした。その熊襲の最頂点の惣領に立つのが大国主(でした。
結果、長髄彦の反乱、建南方の乱と一連の騒動のすべての責任を負うことになり、記紀神話でいう国譲り交渉となっていきます。大国主が関東に去られた後、川上猛(かわかみたける)は肥前背振東部を本拠地に、羽白熊鷲は朝倉を本拠地に勢力を張っていくことになります。川上猛は後に熊襲猛(クマソタケル後のヤマトタケル)に背振にて討伐され、背振の広瀧で命乞いして助けられています。
熊襲(建南方)の後に続いたのが羽白熊鷲ですが、反乱拠点の第一の場所は福岡県旧甘木市の寺内ダムのところです。もう一つの牙城は、糸島の雷山です。(雷神社あたり) この羽白熊鷲は熊襲の頭領・川上猛とタイアップしています。
川上猛は佐賀市の背振山の一角の川上峡に住んでいました。そして、その部下である熊襲はどこに住んでいたかというと、熊襲の大半は現在の鹿児島の隼人を中心とした地区に住んでいました。だから親分はこっちに住んで、子分達は向こうに住んでいた。そして、伝統の熊襲統治は川上猛に引き継がれたということです。
結果、建南方は降伏されます。
そして、周囲から奈留多姫(なるたひめ)を妻に世話してもらい、奈留多姫は八坂刀売(やさかとめ)と改名して二人は信州諏訪へ赴かれますが、奈留多姫は一族・熊襲及び阿蘇家の人たちを福岡市早良に残して行かれました。
阿蘇の神様・雨宮姫(奈留多姫の母)、羽白熊鷲と熊襲・川上猛の犠牲になって、にっちもさっちもいかなくなって、自分の本拠地の背振におれなくなった。そして信州諏訪に逃げていかれました。
建南方神社分布
■福岡市原の諏訪神社
当初の神社は住吉神社であり、福岡県神社誌に「神功皇后の三韓征討凱旋の折、姪浜に上陸され、鳥飼への行啓の途次、住吉神を祭る」とあります。当時の原村は砂浜の海岸近くにあったようです。
室町時代1500年頃、諏訪大社下社の奈留多姫(八坂刀売)が単神で勧請されています。この時期に、諏訪祭神の奈留多姫が勘定された動機を知りたいものですが、不明です。祭神の八坂刀賣命(やさかとめ)は若き日の奈留多姫です。
奈留多姫が長野の諏訪に旅立つ前に、母・雨宮姫と共に過ごされた地が原村と、百嶋学徒は見られるのです。
その諏訪神社に許黄玉の石塔があります。雨宮姫を天照女神とみると理解できます。
福岡市原の諏訪神社
福岡県福岡市早良区原六丁目20-24
祭神 八坂刀賣命
社頭には許黄玉(天照女神)の石塔があります
標柱石は住吉の紋章、大幡主のしめ縄です
扁額「諏訪宮」
石の太鼓橋に許黄玉(天照女神)の石塔があります
拝殿 改築されました
扁額「諏訪社」
提灯には諏訪大社下社の「明神梶の葉」紋、幔幕には住吉の紋
諏訪神社由緒略記
当神社は、長野県諏訪郡下諏訪町鎮座の諏訪大社下社 御祭神八坂刀賣神(妃神)の御分社で 鎮座は約480年前(1500年頃)です。当社の特質は神話的軍系的血縁関係の神社とは異なり、原の地域住民が神恩を奉謝し、淳厚なる民風と作興するため、連帯的扶助共存意識の基に、情義 道徳 健康を養うとする産土神で、原区域内に居住し 本神社を崇敬する氏子と他地区の方々で本神社を崇高する人々を鎮り加えて、家内安全と守護されている御神徳の厚き神社です。
追之御神紋は巴紋で蛇神格化を意味し、防火防水の社紋であります。(昭和61年12月)
※「神紋は巴紋で蛇神格化を意味」とあり、住吉神は蛇神となります。
由緒略記にも書かれているのですが、参道入り口に置かれた神社標柱は住吉の紋章であり、諏訪の神紋のはずの諏訪梶(梶紋)ではないのです。
※福岡県神社誌 諏訪神社
福岡市大字原字小薗
祭神 建御名方主命
合祀 菅原神 由緒 不詳
祭神菅原神は大字原字西方に無格社天満神社 同大字字南屋敷に無格社天満神社として祭祀ありしを 大正6年9月27日許可を得て移転合祀す 但し両神社祭神は異体同霊なるを以て合霊す。
社説に述ぶる所次の如し、鎮祭の年代詳かなりざれ 社記によれば往昔は当地海浜にして 神功皇后征韓御凱旋の砌 姪浜に御上陸 鳥飼への行啓の御途次に当りたるに因み住吉神を祭ると伝ふ
社蔵の慶長五年(1600年)の棟札に 早良郡原村宗廟 住吉宮本殿再建 本願主泉沙彌とあり(泉沙彌は宮司大神甚左衛門が高粗大明神の社職上原和泉と共に仕へし高粗原田隆種没落後剃髪せる号名なり)
貞享五年(1688年)の棟札に早良郡原村産神諏訪宮本殿再建祠官藤上氏周継とあり。
又筑前国続風土記附録等に諏訪神社 村の北出口にあり 祭神建御名方主命 住吉三神 熊野三神(村説に産神は住吉大明神にて 相殿は諏訪大明神 早良大明神と云ふ)
慶長(1600年)の棟札に早良郡原村宗廟氏神住吉宮とあり 即 住吉と転倒せるを見れば 昔は住吉神本社なり 本文に記す所は神家の説なり
祭日6月18日、9月18日。
境内に神石二つあり荒五郎社と称すとあり。
現今 諏訪大神 住吉大神 熊野大神と菅原神の四座を斎奉れり さして菅原神合祀合霊のことは上述の如し。
現今の社殿は昭和9年に改築せしものなり 元9月18日の祭礼には猪を献ぜりと伝へ、今はその代品として必ず「かめさ」三匹を神饌に供する慣なり。
境内社 なし
※早良大明神とは熊野三神のようです
※荒五郎は水神で、安羅の五(御・己)郎で、大幡主
三郎天神も大幡主
※9月18日の祭礼には猪を献ぜりと伝う
宮崎県高千穂神社の「猪懸け祭り」と形態は同じでしょうか
(No.296 宮崎県高千穂(あららぎの里)神漏岐山③)
改築された社殿
改築前の旧社殿(2022年3月)
本殿は壊されて、拝殿に組み込まれています
改築前の拝殿瓦
正八幡神大幡主の右三巴紋(住吉神)
天照女神の鯉の滝登り
滝を登り終えると龍になります(登竜門)
※氏子さん
大神、浜、加藤、小田、進藤、上田、
真鍋、武田、山田、本村、佐々倉、
千田、草場、白水、重松、米倉、米田、
深川、武内、槙、山崎
奈留多姫(雨宮姫を母に持つ)は阿蘇系と捉えられがちですが、氏子さんの名を見る限り、そうではないのです。大神(おおがみ)、上田、山田は天照女神奉祭氏族。加藤、小田、真鍋、草場、白水(しろうず)、重松さん等は大幡主奉祭とみられます。住吉神社を奉斎する氏子さん達です。
■奈留多姫の母・雨宮姫とは
雨宮姫は一般に阿蘇の神様とされます。
雨宮姫を祀る神社が熊本県にあります。
◎小国両神社(宮原両神社)
熊本県阿蘇郡小国町宮原1670
祭神 高橋神・火宮神、雨宮媛
祭神の高橋神は水神の天照女神であり、火宮神は火神で高宮の大幡主です。社伝由緒略記によれば、雨宮媛は郡浦神社の主祭神の蒲智比咩(かまちひめ)と同体であり、海神の女神であるという。(No.263)
◎国造神社(北宮)
熊本県阿蘇市一の宮町手野2100
祭神 (速瓶玉命・雨宮媛命)、(高橋神・火宮神)
神社由緒略記によれば、速瓶玉命と雨宮媛は夫婦神であり、雨宮媛は蒲智媛神(かまちひめ)で海神の女神とも云う。
由緒
延喜式神名帳には肥後国は四座が記載され、健磐龍命神社(阿蘇神社)、阿蘇比咩神社(阿蘇神社)、国造神社、疋野神社(ひきの)があり、四座のうちの一座。熊本県内において、最も古い神社の一社とされている。
阿蘇神社の名は神名帳に記載がないので、いつ頃の創建でしょうか。肥後国誌によれば、速瓶玉命は肥後国造に任命され、(父親である?)阿蘇神社の主祭神健磐龍命と共に阿蘇の地を開拓し、農耕・植林などを指導したとされる。(No.262)
※飯盛神社中宮社
福岡県福岡市西区大字飯盛609
祭神 五十猛尊(有功神 いさおしのかみ)
天孫降臨の折、五十猛尊は父神と共に加羅国に渡り、木種を持ち、この種を播き植えて、更に還りて、筑紫より全国に植え広めたという。(檜、杉、樟、槇等) これ故に、五十猛尊を有功(いさおし)の神ともいう。
国造神社の由緒では、速瓶玉命は農耕・植林の指導の神と言われ、飯盛神社中宮社の祭神の五十猛尊と似ています。筑紫神社の祭神・五十猛尊は大幡主です。辛島氏は加羅国から筑紫に来られ、筑紫野市原田の筑紫神社に五十猛尊を祀っています。すると、速瓶玉神は大幡主が想定されます。(No.293)
◎郡浦神社
熊本県宇城市三角町郡浦2666
祭神 蒲智比咩命、健磐龍命、速瓶玉命、神武天皇
阿蘇郡誌には
国造神社 社格 県社
一の宮 国造速瓶玉命
二の宮 雨宮媛命 「速瓶玉命の妃 本宮は宇土郡郡浦神社なり」
郡浦神社は阿蘇神社、甲佐神社、健軍神社共に阿蘇四社の一社とされ、主祭神は蒲智比咩命(蒲池姫)で、雨宮媛命は蒲池姫と同神となります。
◎甲佐神社
熊本県上益城郡甲佐町大字上揚882
祭神 八井耳玉命(ヤイミミタマ、甲佐明神)
配祀 健磐龍命・蒲池比咩命
.. 神倭磐余彦命・媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメ)
※八井耳玉命は速瓶玉命の別名
甲佐神社は阿蘇神社の二の宮とされ、健軍神社、郡浦神社とともに阿蘇四社とも言われますが、格付けは後世のものであり、宮原両神社が阿蘇関係では最高格の神社です。
■阿蘇の神・健磐龍命と阿蘇津姫
福岡県の阿蘇神社の祭神は健磐龍命と阿蘇津姫を祀ります。
祭神名の阿蘇津彦は健磐龍という具体名(諱)があるのに、阿蘇津姫は通称名であり、具体名(諱)がないのです。それだけ、阿蘇津姫の正体は不透明です。
一説では、天豊津姫ともいわれ、これも通称名ですが、「天」と「豊」の高貴な字がついています。日本書紀によれば、天豊津姫は懿徳天皇(いとく)の皇后ですが、その皇后が阿蘇津姫として健磐龍命の妃になられる、という不思議です。(No.261)
※懿徳天皇を豊玉彦とすると
寒川彦(豊玉彦)と寒川姫(阿蘇津姫)が繋がります。
寒川彦(豊玉彦)=大幡主
寒川姫(阿蘇津姫)=天照女神
以下の天皇は日本書紀より皇位を贈られた天皇となります。
2.綏靖天皇(神沼川耳天皇・神沼川耳命)
3.安寧天皇(磯城津彦玉手看天皇=大幡主)
4.懿徳天皇(大倭彦耜友天皇・豊玉彦)
5.孝昭天皇(観松彦香殖稲天皇・天忍穂耳命)
【火の神・大幡主】
火の神は、九州では「埴安彦」、櫛田神社の祭神「大幡主」であり、伊勢外宮の祭神です。現世では那国(奴国)の王様です。
大幡主の別称
大幡主は多くの神名、通称名、尊称を持っておられます。
国常立神、神皇産霊神、天之御中主、大地主神、土御祖神、埴安彦(神)、正八幡神、大若子(博多櫛田神社の祭神名)、塩土老翁、大海神、速玉男神(熊野大神)、倭大国魂神、白日別神(筑紫大神)、玉手見命、稲佐神(伊奈佐神)、奴(那)国王(なこくおう)、安寧天皇、磯城津彦、等。
出雲大社(杵築大社)の祭神である「大国主」も尊称であり、名を明かさない神と言えます。本来の神名は大穴持命であり、「大幡主」と同一神である、とみています。
出雲大社は古代より杵築大社(きづきたいしゃ)と呼ばれていましたが、1871年(明治4年)に出雲大社と改称されました。
大国主の別称
大穴牟遅神、大穴持命、大汝命、大名持神、国作大己貴命、八千矛神、大国魂神、杵築大神、大己貴命(おおなむち)等
【水の神・天照女神】
「水の神」女神は罔象女神(みずはのめのかみ)として、筑後川筋ではよく見かけます。瀬織津姫も水神です。そして、瀬織津姫は天照女神(大日孁尊)です。
水の神=瀬織津姫(天照女神)=罔象女神=淀姫=豊姫=雨宮姫=蒲地姫
水分の神=天照女神=速秋津日命(祓戸の神)=萬播豊秋津姫
瀬織津姫の異名同神として、
福岡、佐賀、長崎では「淀姫」「豊姫」として、
熊本では「阿蘇津姫」「雨宮姫」「蒲地姫」として祀られていることになります。
天照女神は月姫
天照女神は月姫であり、天照女神が輝夜姫(かぐやひめ)のモデルとなっています。
竹取物語(かぐや姫)の作者は紀貫之であるという説があります。紀氏は姫氏であり、紀氏の氏神は瀬織津姫=天照女神です。天照女神の神紋は五七桐紋です。
さらに、大幡主は月読命であり、神紋は五三桐紋です。また、大幡主は天照男神であり(=彦火火出見命)、天照大神と称したようです。神武天皇の別名は「彦火火出見」で、同一神が考えられます。大幡主と天照女神は天照夫婦神ということになります。名実共に、伊勢神宮の天照神ということになります。
【一の宮・阿蘇神社】
現在の阿蘇神社の祭神は、健磐龍命、阿蘇都比咩命、國龍神、比咩御子神、彦御子神、若比咩神、新彦神、新比咩神、若彦神、彌比咩神、速瓶玉神、金凝神と十二神を祀っていますが、10世紀当時は、健磐龍命、阿蘇都比咩命、國龍神の三神だったようです。(『阿蘇神社』阿蘇惟之)
平安時代の永長元年(1096)、阿蘇神社の境内に神護寺(神宮寺)の青龍寺が建てられて、現在は近くの民家に移転しています。その本尊の十一面観音は天照女神であり、大幡主の薬師如来は不明です。本地仏からすると、阿蘇神社の主祭神の健磐龍命は大幡主であり、阿蘇都比咩命は瀬織津姫であり、天照女神となるのです。
阿蘇神社
熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083−1
祭神 健磐龍命、阿蘇都比咩命 他
祭神
(左右殿)
一宮・健磐龍命 二宮・阿蘇都媛
三宮・彦八井耳命 四宮・比咩御子神
五宮・惟人命 六宮・若比咩神
七宮・新彦神 八宮・新比咩神
九宮・若彦神 十宮・八比咩神
(中殿)
十一宮・速瓶玉命
十二宮・神沼河耳命
※国龍神(吉見神・彦八井神)=大幡主
比咩御子神=天照女神=瀬織津姫
【草部吉見神】
南阿蘇の白川吉見神社は白水吉見神社であり、龍神姫が内緒で鎮座と言われています。春日市の春日神社奉斎一族の白水(しろうず)さんは福岡県の春日に南阿蘇からやって来られて、櫛田神社の神様大幡主を地禄神・埴安神として個人祭祀されています、と言われています。これから分かるように、白川吉見神社の祭神は龍神姫(天照女神)と草部吉見神(大幡主)となります。(No.288)
◎白川吉見神社
熊本県阿蘇郡南阿蘇村白川2040
祭神 国龍大明神と罔象女命
国龍大明神とは江戸以前の神仏習合の神名で、草部吉見神社の「国龍神」のこと。国龍神は別名「草部吉見神」と呼ばれ、年祢神、大歳神とも呼ばれています。
◎草部吉見神社
熊本県阿蘇郡高森町草部(宮原)2175
祭神:日子八井命、比咩御子命 他
(※日子八井命=国龍神=草部吉見神)
祭神
一宮・日子八井命 二宮・比咩御子命
三宮・天彦命 四宮・天比咩命
五宮・阿蘇都彦命 六宮・阿蘇都比咩命
七宮・新彦命 八宮・彌比咩命
九宮・速瓶玉命 十宮・若彦命
十一宮・新比咩命 十二宮・彦御子命
由緒
当社は熊本県阿蘇郡高森町宮原に鎮座し、旧社格は郷社。
主祭神は日子八井命で、ほか健磐龍命、阿蘇都比咩命など十二神を併せまつる。
創建は阿蘇神社に先立つこと六年と言われる。
※春日神社について、百嶋由一郎先生講演 2011年4月23日
やっと平成の世になってこれを公になさったお宮さんがあります。丹生川上中社です。さっき申し上げた龍神姫です。このお宮さんがこのことを発表されたんです。即ち、自分(龍神姫)の旦那さん、中将は中国の皇帝とのやり取りをしたんですよと発表されたのです。
ところが、このお宮さんが発表されただけで、そのほかのお宮さんはまだ秘密にしています。その筆頭が、壱岐対馬、対馬の海神(わたつみ)神社です。ここでは、絶対に喋ってはならないという橘一族、立葵の盟約があるのです。従って、橘一族の踊りを伝承しているにも関わらず、言わず語らず口を閉ざしておられます。
☆春日市の白水(しろうず)は、発祥の地は白水、阿蘇南阿蘇村の白水です。白水は熊本の白川のことです。従って、白川の源泉には、白水(白川)吉見神社がありまして、さっきの龍神姫が内緒で鎮座してらっしゃいます。
とにかく、白水の固有名詞を持って、阿蘇からこっちへやってきた白水(しろうず)さんが現在もたくさんの子孫を残して、自分達にとっては地禄神である大幡主の神、櫛田神社の神様を祀って、春日神社の近くを流れている牛頸川、春日神社と牛頸川の中間付近に宅内祠がいくつかあるはずです。これは個人で那国の王様、大幡主をお祀りしているお宮さんですが、たくさんあると思います。神様のお名前は大半が地禄神又は埴安神となっています。それが本当に価値あるお宮です。地禄天神さんは1,000位あると思います。
草部吉見神社の神々は実質、阿蘇神社の祭神と同じですが、主祭神は日子八井命です。(No.292)
十世紀当時の阿蘇神社は、健磐龍命、阿蘇都比咩命、國龍神の三神だったという(『阿蘇神社』阿蘇惟之)
草部吉見神社近くの三郎神社は天彦命とその妃・天姫命を祀るという。三郎天神は大幡主です。すると、その妃・天姫命は天照女神となります。
阿蘇神社の初期祭神を併せ考えると、草部吉見神社の初期の祭神は、日子八井命(國龍神)を主祭神に、天彦命(大幡主)とその妃・天姫命(天照女神)が考えられます。
(※日子八井命=国龍神=年祢=草部吉見神)
「阿蘇の神々」シリーズで述べてきましたように
阿蘇神の基本は、火の神の健磐龍(大幡主)と水の神の阿蘇津姫(天照女神)です。
火の神=健磐龍 =大歳神 =年祢神=国龍神=草部吉見神=大幡主
水の神=阿蘇津姫=雨宮姫 =蒲地姫=瀬織津姫=罔象女神=淀姫=豊姫=天照女神
次回は「阿蘇の神々・神沼河耳命と奈留多姫」です



























