No.191 春と岬 早く来い暖かい春


宮原誠一の神社見聞牒(191)
令和4年(2022年)02月02日
 

2月4日は二十四節気の「立春」です。暦上では春の始まりです。
2022年の立春は2月4日です、2月4日は36年間ずっと立春だったのですが、2021年は2月3日でした。暦上では本当の一年の始まりとなります。立春から何日と数えます。(八十八夜、二百十日等)
新暦元旦・旧暦元旦は天文学的に言って余り意味がありませんが、暦上の元旦として大切にされています。新暦の天文学的始まりは冬至となります。太陽が近地点にあります。

初春は名ばかりで、まだまだ寒さは厳しいです。でも春の草花はもう伸び始めています。
春を実感するのは3月からでしょう。あるいは、気象学でいう「春一番」の南風が吹く頃からでしょう。
「春一番」の語源は壱岐の漁民が使われたのが始まりです。それは、春に最初に荒れる低気圧によって吹く南風を意味しますが、壱岐の漁民が、この嵐に巻き込まれて遭難されたのを切っ掛けに教訓として使われるようになりました。春一番が吹くと予想される時は漁に出るな!と。春一番が吹くと一気に春めいてきます。


宗谷岬 日本の歌 こころの歌
昔の話になりますが、在職の頃、東京本部で情報処理関係課長の研修会があり、夜の懇親会の時、北海道の課長が「宗谷岬 ダカーポ」を澄んだ高い声で歌われたのが印象的に残っています。その余韻あって時々「宗谷岬」を歌う時がありましたが、うら覚えの歌い方です。この際、楽譜と歌詞を見て、本格的に歌を覚えました。
朝起きてから「宗谷岬」を歌いながら用事をすると体が軽くなるのです。特に「岬」に力を込めると更に軽快です。民謡を歌いながら力仕事をすると体が軽くなるといわれますが、本当です。「ひえつき節」もよく歌います。
情報処理関係の続きです。当時は、まだインターネットが普及していませんでした。専用回線、電話回線によるパソコン通信、職場内LAN の時代です。仕事はストレスが強く酷なものでした。処理言語はマシン語、C語、FORTRAN、BASIC でした。その酷な仕事の無理からか、北海道の課長は在職死亡されました。また後に東京の情報処理部長も在職死亡されました。私も神経を痛めました。その後遺症は今も残り、補填に薬が必要です。

その思い出多き、春の「宗谷岬」の歌です。

 

https://youtu.be/l2At4icvP_k

宗谷岬/ダ・カーポ
2017/08/31 sarorun kamuy

宗谷岬(そうやみさき)
歌手:ダ・カーポ
作詞:吉田弘 作曲:船村徹 編曲:青木望

流氷とけて 春風吹いて
ハマナス咲いて カモメも啼(な)いて
遥か沖ゆく 外国船の
煙もうれし 宗谷の岬
流氷とけて 春風吹いて
ハマナス揺れる 宗谷の岬

吹雪が晴れて 凍(しば)れがゆるみ
渚(なぎさ)の貝も 眠りが覚めた
人の心の 扉を開き
海鳴り響く 宗谷の岬
流氷とけて 春風吹いて
ハマナス揺れる 宗谷の岬

幸せ求め 最果ての地に
それぞれ人は 明日を祈る
波もピリカの 子守のように
想い出残る 宗谷の岬
流氷とけて 春風吹いて
ハマナス揺れる 宗谷の岬



火と水を飛ぶ比翼鶴
いつの頃か忘れました。(昔話が出るということは年です)
○○屋の外商部に「昇る太陽と波」をデザインした掛け軸を調達してほしいと頼みました。 それが下写真の掛け軸の絵です。作者は川○玉○です。
二羽のひよく鶴が太陽を背に、波の上を飛ぶ構図です、一般に言う物部の「日負い鶴」と私は言っています。物部を象徴する図柄で「日(火)と水と比翼鶴」です。
掛け軸は「床の間」に常時掛けています。

 

 
 初春や     はつはるや
 陽と波に飛ぶ  ひとなみにとぶ
 比翼鶴     ひよくつる
 
 天に在(あ)りては 願わくば 比翼(ひよく)の鳥と作(な)らん、
 地に在(あ)りては 願わくば 連理(れんり)の枝と為(な)らん (白楽天)
 
 比翼の鳥
 地上ではそれぞれに歩くが、空を飛ぶ時は翼を並べて飛ぶ、
 後の人は仲のいい夫婦を「比翼の鳥」と言った。
 連理の枝
 並んで生えている二本の木で、上の枝が繋がっている。


私の地方では、「床の間」は家の中では最上の間です。祝い祭事、神事は、この「床の間」で行います。それ以外は神棚の間となります。守護神様と系図(ご先祖さま)を奉安しています。「床の間」は氏神さまが動座される場所と教えられました。
また、お座敷の「床の間」の前に寝て○○はしてはならない、とも言われました。

 

日負鶴の神紋

 

 

筑後川橋(片の瀬橋)を望む 背後は朝倉の山々(2022.01.19)