宮原誠一の神社見聞牒(102)
平成31年(2019年)04月01日
No.102 一人の青年の命を救われた水神様(罔象女神)
私が壮年の頃の話です。時期をはっきりと覚えておりません。随分と昔です。
福岡県田主丸町大窪村の筑後川の堤防の傍らに水神社が祀られています。
ある日の夜、一人の若者が自殺をしようと、大窪村の筑後川の堤防の道路を自家用車で通っていました。どこで自殺しようと思っていたのか分りません。
ところが、水神社を通りかかった時、あり得ない事故が起きました。
青年の車が水神社の燈籠に衝突し止まったのです。
あの広い直線の道路で。道に燈籠が立っているわけでもないのに。
(実際は、燈籠は道の傍に立っています)
青年は思いました。
この事故は、私が自殺にいく所を水神様が止めらっしゃったと!
水神様は私の命を御救いになられた。
死んではいけない。
青年は自殺することを思い留まったという。
この話は近くの村々にすぐに伝わりました。
私はこの話を母から聞きました。
「水神様・罔象女神様(みずはのめのかみ) が青年の命を留めおかれたと」と思ったのです。
水神様は若者の車を自らの社に引き込まれて、自殺を止めさせられたのでしょう。
これだけだはありません。
私の父も水神社傍の街燈電柱に衝突し止まっているのです。真昼のことです。
母いわく「父ちゃんは、あんな広い道で、どうして電柱にぶっつかったのかの」
「若い娘でも立っていたのかい」
「いや、考えごとして運転しとった」
「電柱がなかったら、15 m堤防の下までころげ落ちとった」
不幸中の幸でしようか。
神様は縁のある者を見守っておられるようです。
若者よ! 少々のもめ事で、へこたれて自殺をするな!
命をつなぎ留めたくても、死にいかねばならない者のことを思え!
筑後川堤防の傍らに鎮座の福岡県田主丸町大窪村の水神社
(注)へこたれる:もうだめだと思って元気をなくす。意志がくじけて弱る。

