宮原誠一の神社見聞牒(099)
平成31年(2019年)03月22日
No.99 若宮・仁徳天皇を祀る佐賀県東部の神社群 ①
佐賀県脊振山南麓の三養基郡旧中原町、旧北茂安町、旧三根町、旧千代田町には、開化天皇と神功皇后の皇子・仁徳天皇(若宮・大雀命・大鷦鷯尊 おほさざきのみこと)を祀る若宮神社が多数鎮座です。
旧中原町、旧北茂安町、旧三根町は2005年に平成の市町村合併で「みやき町」となりました。町名の「みやき」は三養基郡(みやきぐん)の読みに由来しており、三養基郡の名前は合併前の三郡、三根郡(みねぐん)、養父郡(やぶぐん)、基肄郡(きいぐん)の頭文字を並べたものです。旧千代田町は神埼郡に属していましたが、2006年に神埼郡脊振村、神埼町と合併し、神埼市となりました。
仁徳天皇を祀る主な神社
1.若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)白壁(市原)1319番
2.御嶽神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)白壁(石貝)2660番1
3.若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)白壁(白壁)650番
4.若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)東尾(西尾)1879番
5.千栗八幡宮 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)白壁千栗2403番 (正八幡)
6.若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧中原町)原古賀(姫方)
7.綾部神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧中原町)原古賀(綾部)2331番
8.若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧中原町)蓑原2973番
9.天満(若宮)神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)江口
10.矢俣八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)天建寺2069番3
11.葛城神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)天建寺2069番2
12.若宮神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)市武1278番1
13.若宮神社 佐賀県神埼市千代田町境原(原の町)852番1
上記の神社で主祭神が仁徳天皇でなく、宇佐八幡神(応神天皇)、その他となっている神社
2.御嶽神社 国常立神、大国主命、少名彦神、平林の若宮神社(仁徳天皇)を合祀
5.千栗八幡宮 応神天皇の他に難波皇子(仁徳天皇)・宇治皇子を祀る、境内社・稲荷神社
7.綾部神社 応神天皇、境内社・若宮神社(仁徳天皇)
9.矢俣八幡神社 応神天皇、石清水男山八幡宮を分祀(宇佐八幡ではない)
千栗八幡宮は応神八幡を祀るとありますが、実際には「正八幡」となっています。
以上、形式上では応神八幡神を祀る神社でも、全て、若宮・仁徳天皇が祀られています。
元々、この地域には宇佐八幡神を祀る土壌ではないのです。仁徳天皇の領域なのです。
その後、宇佐八幡神が追祀され、現在の「八幡神社」になったと考えます。
1.佐賀県東部の若宮神社の象徴
佐賀県東部の若宮・仁徳天皇を祀る若宮神社に特徴ある造形があります。
鳥居の扁額の額縁です。物部系神社の額縁に類似しています。
最近改築され、きれいな鳥居の扁額をみることができます。
旧三根町江口の天満神社です。天満神社は後の神社で、古宮は若宮神社です。
天満(若宮)神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)江口
第一鳥居の扁額は「天満宮」です。第二鳥居の扁額は「若宮」です
第一鳥居の扁額は「天満宮」です。第二鳥居の扁額は「若宮」です。
この第二鳥居の扁額を持つ神社で、扁額の宮号が何であれ、若宮・仁徳天皇を祀る神社とみて間違いなさそうです。
宇佐八幡神(応神天皇)を祀る神社の拝殿の屋根は千鳥破風となっています。仁徳天皇を祀る神社は唐破風です。流し形式の屋根もありますが、高良系の神社に見られます。
若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)白壁(白壁)650番
仁徳天皇ただ一人祀る神社です
若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧北茂安町)東尾(西尾)1879番
若宮八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧中原町)原古賀(姫方)
姫方の若宮八幡神社は鳥栖市姫方町の飛び地の旧中原町原古賀の姫方に鎮座です。
中央に仁徳天皇、右に媛社神(ひめこそかみ天鈿女命)と左に磐船大明神(彦火々出見命)のタナバタ神が祀られています。
本殿の形式は向拝の柱が四本で高良大社の形式となっています。
矢俣八幡神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)天建寺2069番3
矢俣八幡神社 由来 (神社案内板)
言い伝えによると57代陽成天皇(876-84)のときに、藤原鎌足の後裔である藤原秀清が官吏として、この矢俣保に赴任するとき、石清水男山八幡宮を分祀し元慶2年(878)4月15日に坂口村開平に八幡宮を勧請したと言われています。その後、年数を経て宮村に遷座しました。
(中略)
宮村にあった矢俣八幡宮は堤防を築く前は大水の度に社殿が流されることが度々ありました。成富兵庫茂安公は千栗堤防を築く際に神社移転と堤防工事の成就を祈願されて神社を現在の場所に移転させ、元和2年(1616)には社殿その他の諸設備が完成しました。特に全長500mの長い参道もこのときに整えられ、流鏑馬が賑やかに行われたと由来縁起に記されています。
またこの神社移転建立にあわせ「今まで通りの祭典料を藩主側から手渡すこと、祭礼を今後も継続すること」との成富兵庫茂安公の直筆の文書が現在も保存されています。
御祭神:応神天皇、神功皇后、比売神
境内社:松尾神社(大山咋神、市杵嶋姫神)、祇園神社
創立には石清水男山八幡宮が分祀されています。
第一鳥居の東南の天建寺には仁徳天皇を祀る葛城神社が鎮座です。
矢俣八幡宮の社殿は八幡造りではありません。葛城神社と同じ形式です。
葛城神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)天建寺2069の2
祭神 一言主命・仁徳天皇他
若宮神社 佐賀県三養基郡みやき町(旧三根町)市武1278番1
慶長6年(1601)国守龍造寺、宇佐八幡を分祀。
鳥居社殿は若宮仁徳天皇を祀る形式になっている。古宮の若宮神社が基本になっていて、宇佐八幡を分祀追加したのが本当の姿でしょう。
東入り口鳥居(若宮神社) 無格社(古宮)仁徳天皇
2.境原の正一位若宮神社
佐賀県脊振山南麓の代表的な仁徳天皇を祀る若宮神社が境原(さかいばる)に鎮座です。
鳥居の扁額はクマソ物部を表わしています。
境内には孝霊天皇の皇子・吉備津彦を祀る吉備津神社が鎮座です。
正一位若宮神社 佐賀県神埼市千代田町境原(原の町)852-1
祭神:仁徳天皇
由緒:脊振山南麓の旧脊振村広滝の鷹取山に鎮座であったが、永禄12年(1569) 佐賀藩
祖鍋島直茂公により神埼郡六丁牟田に遷座。文禄3年(1594) 後陽成天皇より神階正一位
を受ける。寛永18年(1641) 現在の佐賀県千代田町境原に遷座し、社号を正一位社と称
する。
境内社・吉備津神社(第二鳥居)
祭神:吉備津彦
奥宮の正一位稲荷神社
本殿奥に稲荷神社が鎮座です。神額の額縁は若宮仁徳です。























