宮原誠一の神社見聞牒
平成31年(2019年)02月02日

一万二千年前と後


Misasan blog「追憶の案山子」2018-10-08 にて、ず~っと気になっていたことがあります。
福岡県嘉麻市の遠賀川上流の「鮭神社」の紹介がありました。

1.追憶の案山子と鮭神社

地球の地軸が90度傾いて、九州が北、北海道が南となり、青森県の縄文時代は温かく、稲作がなくても四季折々の食べ物は広葉樹の木の実と魚で困らなかった、という。
そして、糸魚川の翡翠の話。
鮭神社に伝承する山幸彦と豊玉姫の話に絡めて、
豊玉姫は北から南の山幸彦の元に向かった。

  私の古い記憶では、勾玉のネックレスと言えば翡翠だった。
  福岡の勾玉のネックレスは硝子しか見つかりません。
  なんで硝子なの??
  という違和感がありました。

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福岡県那珂川市市ノ瀬の日吉神社の由緒記では、
  「一年を三季に分ける珍らしい暦法の名残が農耕と祭日に残されて、
   縄文時代の冬のない亜熱帯気候の風土であった。」
とあります。
縄文から弥生にかけて、気候は暖かく、冬がなく、広葉樹の下での生活ができたのでしょう。



2.ヒミコの時代、秋分の9月24日頃に日向峠に朝日が昇った

地球の地軸が数万年で90度傾くとは天体物理学から考えられませんが、
地球の地軸の歳差運動では、約26000年かけて一周します。
約12000年後は今の北極星(小熊座のポラリス)は反対側の「織女・こと座のベガ」になるのです。
暦でいえば、約70年で1日遅れていきます。つまり、「秋分の日」の「日の出」の場所と同一地点に、70年後に日の出する時は1日遅れた日とになります。
地球の歳差運動は地球の形が楕円体と地軸が23.5度傾斜しているためにおきます。その周期は約26000年です。つまり、26000年周期で春分点は遡っていくことになります

  26000 / 365.25 = 71.2 年

現在、福岡県糸島市の平原遺跡から見て、日向峠に朝日が出るのは、10月20日で、1800年前、秋分の9月23日頃に出たのでしょうか、という問いがあります。

歳差運動を考慮しない暦を使用した前提での話です。
(現在の暦を古代まで延長して使用すれば何も変わりません。)

  1800/26000×365.25=25.3 → 簡易計算です。
  10月20日 - 25.3 = 9月24.7日 暦の問題
   2月20日 + 25.3 = 3月17.3日 天体の問題

ヒミコの時代には、秋分の9月24日頃に日向峠に朝日が昇ったのです。
3日の修正で、9月22日、3月20日となります。

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平原王墓から探る伊都国女王と太陽信仰  糸島市役所 2014年10月19日
かつて、祭祀(まつりごと)をもって政を治めた時代がありました。
当時は、世を明るく照らし、万物の生命の根源となる「太陽」は、何にも勝る崇拝の対象でした。よって、祭祀によって太陽と一体となることができる人物、それこそが、絶対的な統治者として崇められた人物であり、「日の巫女(ひのみこ)」=「卑弥呼」であったとも言われています。卑弥呼の治世の直前に作られた墓で、女性の伊都国王が眠る平原王墓(糸島市有田)。
この遺跡は、発掘調査により、女王の遺体は太陽と密接な関係性があることが分かっています。
女王は、日向峠の方角に足を向けて埋葬されており、万民が汗水流して稲作を行い、その稲穂がたわわに稔り頭を垂れるこの時期、日向峠から昇る朝日は、煌々と王墓を照らすよう計算されているのです。
王墓の東方脇には大柱(直径約65㎝・地上高約13m)を立てた痕跡があることから、女王の遺体は太陽に照らされた大柱の陰と一体となったと推測されます。
祭祀に用いられた銅鏡は太陽のシンボルであり、当時の権力の象徴でもありました。
中でも内行花文鏡は、デザインそのものも太陽を模したもので、特に重要な鏡とされています。
平原王墓からは、日本最大の内行花文鏡※(直径46.5㎝)が5面出土しており、その全てが故意に破砕されて埋葬されていました。女王埋葬時の秘儀を彷彿させます。

残念ながら今朝(10月20日)は雲が多くかかっていましたが、
見事な朝焼けとともに、雲間から神々しい日差しが王墓に降り注ぎ、悠久の歴史に思いを馳せることができました。

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ヒミコの時代に現在のような暦を使用しておれば、ヒミコは10月20日頃亡くなったと考えます。遺体をその頃の日の出の方向に埋葬したのかもしれません。そして、日の出のその位置がたまたま日向峠であった。偶然の出来過ぎです。


福岡県福津市の宮地嶽神社で、海に沈む夕日が参道の延長線上を照らす「光の道」ができるという。年に2回・2月20日頃と10月20日頃にみられます。
残念ながら、私は当日行ったことがありません。
現代の10月20日に夕日と参道が重なる。ヒミコの時代は秋分の日に、この現象は起きたことになります。宮地嶽神社の参道の向きは古代の秋分の夕日に設定されていたのです。



3.創聖のアクエリオンと一万二千年

約26000年かけて一周する歳差運動、その半周期後のベガ(織女)が北極星となる約12000年後とくれば、最近のブログ。
Misasan blog「考察と妄想族」2019-01-29 の一節の「一万年と二千年前」。

 2017年開幕、2018年霊性、2019年移行(天空の城ラピュタで「バロス」って言葉と共に
 ブロックが動くイメージ)
 多分↑コレ当てはまる人多いんじゃないかな。
 だいたい!
 一万年と二千年前から愛してる~♪
 こんな歌流れてしまうと皆目覚めてしまうでしょ!
 私も大好きですよ♪この歌♪

   創聖のアクエリオン
   作詞:岩里祐穂・菅野よう子
   作曲:菅野よう子
   歌詞の一節 
     一万年と二千年前から愛してる
     八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった
     一億と二千年あとも愛してる
     君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えない

ブログ「甘えて自立することの大切さ(つれづれ) 平成30年(2018年)6月12日」にて
「顧(かえり)みて、直(なお)くんば、千万人といえども我ゆかん」と胸の内を吐露。
歌詞「創聖のアクエリオン」の一節のごとく、

 「一万二千年前から愛してる」
 「八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった」
 「一億二千年後も愛してる」

これでは、人類誕生から消滅まで、ず~っと愛してる、ということではないか!
「現代の若者は~っ」と、つい年寄りは言い出しかねないが、どうして、どうして。
歌う若い女の子(ひろみ)の声の気合もさることながら、この精神表現は、威張散らす年寄りの精神力を現代の若者は遥かに凌いでいる。
私はつい、風呂の中でつぶやいた。「おりゃ、負けた!」。
私の世代で、若かった頃に、このような精神力逞しい表現をした者がいたであろうか。
今の年寄りは「恥」の文化、若者は「失敗」の文化なれば、思い切り表現出来る精神構造になるのであろうか。実質共に、老いて死ぬまで、この精神続けていただきたい。



4.熊本県球磨は古代の祭祀と神器の原点

話を戻します。
「福岡の勾玉のネックレスは硝子しか見つかりません。」
確かに、北部九州遺跡から出るネックレスはガラスの「管玉」です。
しかし、南九州の山幸彦(彦火々出見命、猿田彦)が北部九州の豊玉姫の元に向かったように、南九州の熊本県球磨郡の球磨盆地では「ヒスイ」の原石が採れ、勾玉の製作があったのです。
私は最近まで知りませんでした。
「ヒスイ」の勾玉といえば、新潟県の糸魚川と思っていました。
熊本県球磨の古代遺跡は、今まで蓋をされ、隠され続けてきたのです。
古代の祭祀と神器の原点は熊本県球磨にあった、と思っています。



5.黒潮暖流とムー大陸

話はまた最初にもどります。
「地球の地軸が90度傾いて、九州が北、北海道が南となり、青森県の縄文時代は温かく稲作がなくても四季折々の食べ物は困らなかった」

これは、北部九州が今より寒く、青森県は今より暖かいとなります。
それで、青森県の縄文時代の広葉樹文化は栄え続き、九州の遠賀川に鮭が上っていた、となります。
地球の地軸を90度傾けないでも、この気候の状態になる地理的環境はなかったのか?

いまの日本列島の気候は暖流・黒潮と寒流・親潮に支配されています。
日本海では対馬暖流が日本海の東北部まで届きます。北海道まではいきません。
太平洋側では黒潮が紀伊半島を迂回して三河地方に当たり、さらに北上しますが、三陸沖で太平洋側に方向転換し、北海道まで届きません。それで三河地方の海岸部は暖かく、北部九州よりも早く菜の花が咲きます。
イギリスは北海道よりも高緯度ですが、気候が暖かいです。これはメキシコ湾流のお陰です。
しかし、欠点もあります。暖かい海流と冷たい北海の寒気が衝突して海霧を発生させます。
ロンドンの霧は有名です。同様に北海道でも海霧が発生しやすくなります。

それでは、黒潮暖流を北海道まで持ち上げ、反作用として、日本海の寒流を九州まで流れ下す環境とは?

地球の赤道付近は偏東風によって、海水が南米沖からフィリピン沖に吹き寄せられ、その暖流は北上し、黒潮暖流となって日本列島太平洋側を北上します。
この黒潮暖流を強める方法があるのです。

太平洋のミクロネシア付近に標高の低い平べったい「ムー大陸」があったとしましょう。そのムー大陸があったならば、フィリピンとムー大陸の間は水路が狭くなり、流れが強まるのです。
すると、今まで北海道まで届かなかった黒潮暖流が届くようになり、変わって、今までの親潮寒流は行き場を反らされ、結果、日本海の寒流の南下が強められ、流れは九州に届き、海の水温も下がります。
その結果、鮭が遠賀川を遡上する環境が整います。
また、対馬暖流の北上は弱められ、朝鮮半島の往来は、今より楽になります。
太平洋のミクロネシア付近に「ムー大陸」があったならばの話です。

その「ムー大陸」は太平洋の波下に浅く沈んだのでしょうか。その結果、マーシャル諸島、カロリン諸島が出来た?

少々無謀な理論と仮説でした。

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