
『 ねえ エッフェル塔に憧れたのと エッフェル塔へ行けたの 』
『 どっちが大事だったと思う? 』

美しい女性は少女を忘れない
それってば
露骨に少女性を ”演出” するってことじゃない
イイ大人の女が、子供子供してりゃあ
そりゃあ ただただ見苦しい
そゆことじゃあなくて
薫らせて欲しいんだ
少女を




何も知らない女の子を少女と呼ぶのだろうか?
そうじゃぁない
少女は
無限に広がるいのちをもっている
ぶわぁ~~っと際限もなく
どこまでも広がっていく
自分でブレーキかけることもなく
常識に歯止めをかけられることもなく
自在に自分の心が欲する方向へと
心の羽をバタバタさせて
走りだしてみたり
飛び立とうとしてみたり
踊りだしたり
羽ばたいちゃってみたり
その 綺麗な綺麗な大宇宙こそ
『少女』





僕らは随分にいろんなことを学んでしまった
「大人になるということ。。。」
両親から、友人から、そして社会からも
”常識” を教えられ
自分で取捨選択しながら
随分に、自分らしさを押さえつけてきたみたい
他とうまく折り合っていく代わりに
僕らの中の少年・少女はその影を潜め
常識豊かな ”ちゃんとした人” になっていったじゃない





教えられた笑顔にもひきつりが減ってきたこの頃
「でもそれじゃぁ何かが足りない」 ってんで
今度は、感謝することや
感動することを教えられたり
自分でも学び直したりして
そこいらへんも
いろいろに科学されちゃって
いろんなノウハウにも触れて
うん
でも
どう考えても
そんな、ややこしいものじゃなくて
ホントはどこにも難しいことなんてなくて






あなたが子供の頃
森や花畑は
ただただウキウキする素敵なエルドラドで
新しい街
はじめて訪れる公園や遊園地は
好奇心いっぱいで
全身が喜びに溢れかえっていたじゃない
大人の世界を垣間見るとき
メいっぱい つま先立ちして
覗き見しようとしたじゃない





触れるすべてが
憧れ色してたじゃない





少女の
無限に広がる可愛らしさ 宿した女性
それは 触れずにおれない艶やかさ
眠れる美
惜しみなく放射される美
今こそ
押さえつけてしまった心の窓
開けはなってあげて
今こそ彼女を
存分に遊ばせてあげて!





十歩も歩けば
キラキラした煌めき 手に入る
幼い子供が少女じゃない
「もっともっと」 って
背伸びしたがるキュートないのち
それを
『 少女 』 って言う



















『ねえ エッフェル塔に憧れてたのと エッフェル塔へ行った記憶』
『どっちが大切だと思う?』
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