昨年新婚のブータン国王夫妻が来日されました

ワンチョク国王の日本に対する好意的なな振る舞いには心を打たれました

そして日本人に対して尊敬の念を持って話された国会演説の感動的な内容は忘れられません


GNH(国民総幸福量)97%の国ブータンの人々は、日本人に対してとても親切で好意的です

その理由は、ブータンに一生を捧げた西岡京治さんの活躍があるからです


彼は海外技術協力事業団の事業の一環として、ブータンに農業指導のために派遣され、妻と一緒に赴任しました

しかし、当時のブータン人は日本人に対して冷たく、最初はわずかな土地しか与えてもらえませんでした

でも、彼は諦めません

その土地に日本から持ってきた大根を植え、必死に育てました

そして、ブータン人が見たこともない大きな大根を作ることに成功します


実績を認められた彼は国王から広い農場を任せられることになり、彼の農業技術は、やがてブータン全国に広がっていきました


ある日、彼はブータンで最も貧しいシェムガン南部の開発を頼まれました

この地域では焼畑農業が普通だったため、稲作に切り替えてもらうのは至難の技ではありません

困難を覚悟した彼は妻と子供を日本に返し、村人と5年間、800回にも及ぶ話し合いを行って、稲作への変更を説得しました


やがて、彼の熱意に動かされて、村人たちは力を合わせて斜面に水田を作っていきます

完成した18万坪の水田が棚田として並ぶ光景は、まるで日本の風景の様でした

その働きに感謝した国王は『ダショー』というブータンで最高の称号を彼に与えました

外国人で『ダショー』の称号を与えられたのは彼だけです


1992年、不意の病に倒れて、彼は亡くなりました

ブータンに来てから28年後のことです

葬儀はブータンの国葬で行われ、彼にお世話になった1万人以上の人がブータン全土から集まりました

シェムガンの村人から届いた電報には

《ダショー西岡。私達は貴方を一生忘れません。貴方の献身的な働きがあったからこそ、今の私達があるのです》

と書かれていました

彼はブータンで『農業の父』と呼ばれて、今でも多くのブータン人に尊敬されています


★彼の一生はブータンの人たちのためにあったと思います

本当の熱意が人を動かし、そして国を変えました

1人の人間の熱意が国を変え、さらに国と国との関係も変えることができるのです・・・。