一通りの簡単な掃除を終えて
いま改めて、今年の色々を振り返っていました
こんにちは
心の裸族♡丸裸の女神
松田佳子です
ほんとうに、1年て
あっという間
毎年言ってるけど、毎年驚く
今年もたくさんの出逢いに恵まれて
そのことを想うだけで胸がいっぱいになる
昨日から続けていくつか
ブログ書いてますので
まだの方は読んでみてくださいね♡
あ、それと
今晩ですが、2020年1月1日0時から
心の裸族♡丸裸ラジオ【episode17】公開
今回は久しぶりにひとりで
2019年の振り返りと
2020年をどんな年にするのか
最近感じていること、など
喋りました
新春のよろこびを感じながら
ぜひお供に聴いていただけると嬉しいです
…
この1週間、10日くらい
年末なのもあってか
激動でした
11月、12月と目まぐるしく動き回り
毎日のように予定がいっぱいという
そもそもが、パンク気味だったのもある
わたしは
スケジュールが真っ黒なのが
苦手なタイプ
それなのにほんとうに忙しく
でもそれは、ありがたくもあり
嬉しくて出かけてしまう
そんな用事ばかりだった
嬉しくってよろこびしかないんだ、と
身体の感覚を無視していたのかもしれない
疲れているとは思っても
気力で持ち堪えてしまう
昔のクセも出ていたかもしれない
冬至の後、ふとした事がきっかけで
立ち止まらざるを得なくなり
なんでこんなに泣くのだろうと
訝しく思うほどに
泣けて泣けて、涙が止まらず
新月の26日は泣きすぎて頭が痛い
顔も腫れぼったい
常軌を逸しているくらいに
泣き続けて
大きくバランスを崩した自分に
ようやく気づいた
…
今年もたくさんの出逢いがあった
それは昨年以上に繋がりも濃く
深く共鳴するような人も多い
いまわたしは、仲間だと呼び合える
友人に囲まれてもいるけれど
きづくと
出逢ってからまだ数ヶ月
え、そんなもんだっけ?と
改めて、驚く
出逢ってからの時間の長さなんて
まったく関係なく
響き合う人たち
そんな中でわたしは
恋をした
恋なんてあり得ない、
と思っていたのも懐かしい
わたしはもう、生涯
恋をするなんてイメージもできないくらい
今世もまた修道女のように
尼のように生きようとしていたのだから
あの日、結婚式のチャペルで並ぶ
新郎新婦の後ろ姿に
涙を流した事が
修道女のように、尼のように生きることの
決別の涙だったとは
その当時は知らなかった
ほんとうに自然すぎる、現象のように
ふんわりといつの間にかそこにあったもの
そんな風に恋をすることも
夢にさえ、見ていなかったから
…
涙に明け暮れた先週、26日の新月
その日から友人がファスティングを始めた
わたしも、やりたい!
ファスティングしたいなー!
前回、9月のファスティングが
あまりにも気持ち良くて
そこから食習慣を改善し
今に至るけれど
また、腸内環境がリセットされる
あの感じを体感したくて
友人がファスティングをしている期間
わたしも2日間プチファスティングをした
(薬剤師ろぎーさんのサポートです)
前回の、生まれて初めてのファスティングは
ブログにも残したけれど
断食が心地良すぎて
回復期になっても食べたくない、と
わたしは元々食への興味が薄いのだと
そんなことを体感していたし
ブログにも書いている
今回の、2日間のファスティングは
お腹もすくし、食べたいなーと思うし
ファスティング明け、何食べよう♪♪♪と
食べることへの意欲がずっと自然にあり
その変化に自分が驚いた
通りすがりで美味しそうな匂いがすれば
ファスティング終わったら食べよう!と思うし
この時期毎日食べているリンゴが
食べたくて仕方なくて
2日間、恋しくて待ちわびた
ファスティング明けの朝
何を食べようかと考えて買い物するのも
楽しかったし
ただの生野菜でも美味しくて仕方なくて
食べられるって嬉しい♪
あーしあわせ♡と
ひとりでにため息が出るほど
食べていて、うれしかった
まだ、食べたくないのに、、と
拗ねたような食事をした、前回と
たった3ヶ月でこの変化
わたしが、驚く
もしかして
あの頃のわたしって
やっぱり生命力、乏しかったのかな
食への意欲と性欲、
それらは生命力とリンクしている、と
そしてどちらもわたしは、薄いのだと
ファスティング記にも書いた
前回と、今回の
この、食への意欲やよろこびって
一体何が違うのか
、、、もしかして
恋をしたから、なのかな、、
そう言い切っていいのかは
わからないけれど
いま
溢れんばかりのよろこびを感じる
その日々の中に大きく
光を灯したのは
好きな人がいるという
胸の中に灯る想い
なんじゃないか
これまでと違う意欲が湧き上がって
言葉にせずにいられないほど
想いが溢れてしまうのは
前回のファスティング時との
大きな違いだ
…
あの当時だってよろこびは常に溢れ
わたしは楽しくてしあわせだった
でもいま
もっともっと
腹から湧き上がるような
どっしりとした源泉のような
湧き上がる泉のようなもの
わたしの生命力が
生き生きと溢れているのを感じている
そうだ、恋ってそういうものだ
ただ、ときめいたり
嬉しかったり
そんな一瞬一瞬が
わたしの細胞によろこびを響かせる
これが生命力なんだ
食べたい!というのと同じように
セックスしたい!というのもまた
生き生きと、生きているという
その表現なんだ
…
恋だの、愛だの、言うなんて
今年の始めには想像もできなかった
何も望まないという想いや
こうなったらいいのにという期待
いろんな想いにバランスを崩したり
おろおろしたりするのも
久しぶりのこと
相手があってのことだから
ひとりに慣れているわたしには
その感触すら、懐かしくて
自分の想いをごまかさず
嘘もつかず
隠さず
そのまんま
溢れたまんまで
いられるか
そんなことを、やってみる
あらたな経験でもあり
自分の想いに何も混ぜない
蓋をしない、色をつけない
純度100%のチャレンジ
そんなことをしていた気がする
めちゃくちゃ、生きてる
生き生きと、生きてる
ただのわたしを、生きてる
閉じていた扉を大きく開いて
戸惑ったりしながらも
ただのわたしをごまかさない
勇気の必要なこともたくさん、言ってみた
生き生きと、生き始めたら
さらに自分の世界は色濃く立ち上がり
気づいたら
わたしの中の女性性は
お姫さまなんてもんじゃなくて
一国を築いた
ど根性の女王さまに成長していた
いしずえから、小石を避けて整地をして
しっかりと深く根を下ろす
軸を建てながら
ひとりでコツコツ積み上げて
ふと目を上げて見渡すと
もうじゅうぶん、国の基礎が出来上がっていて
わたしはこの王国を
たくさんの人の
よろこびと繁栄のために
運営していくほどの度量をもった
女王に成長していた
そのことに気づいた時
もう、選ばれるとか選ばれないとか
そんな、外側の想いに翻弄されて
期待をして純度を下げるのは不要だと
ようやく気づいた
わたしが、わたしを
立ち上げて、ここまできて
ここからは王たるものと共に
豊かで尽きることのない
よろこびが溢れる国を
繁栄させていくだけだ
…
女神であると、宣言したのは
今年の4月20日のこと
自分のおはなし会に向かう途中
乗り換え駅の六本木のホームで
突如、そう、宣言したからだ
『なぜ、女神であると、名乗れないのですか』
そう、声が聞こえた時
出てきたのはやっぱり
え、、わたしなんかが、、だった
わたしには、何もないのに、、
そう、胸の中で呟くと
『女神は何も持たないのですよ』
そう聞こえる
だからそれで良いのだと
ただ、そうであると意図すること
そう、言葉にして自分を立たせること
それが、宣言なのだと
わたしは地下の深い深い六本木駅を
乗り換えながら
泣きながらしゃくり上げるように
わたしは、女神です
女神を、生きます
と宣言したのだった
わたしの中に響いた
どこかの女神の声は
きっと、どこかのわたしの声なんだろう
数年後なのか未来世なのか
どこかのわたしという
女神の声だったのだろう
そうして、ひとつひとつ
自分自身に宣言しながら
わたしは、愛です
そう、生きている
今日、この瞬間のわたしも
これからのわたしも
変わることなく、ただ、愛を
愛の純度とは、よろこびの純度
自分自身のよろこびを生きることが
愛を生きるという事で
愛を生きることが
魂を生きることなのだと
2020年も、たくさんの人に
そう、生きて魅せてゆきたいと
心からの宣言をします
今年も、たくさんの方に
ここまでの長文を読んでいただき(笑)
本当に嬉しく、感謝しています✨
ありがとうございました
2020年も、よろこび溢れる一年にします✨


