心理学を勉強していると(ていうか心屋以外はどうなのかは知らないけど)、

怒りやイライラや不安なんかの負の感情がわいてきたら、

それはそこに反応する種が自分の中にあるから、

そこに自分を縛ってるルールがあるから、それを見つけて手放そう、と教わる。

そうすると、イライラすることがあった時に、これは私の中の何が反応してるんだろう?と考えるんだけど、

ここにはひとつのトラップがある気がして。

そうやって、自分の中の反応の種を探して摘んで、

自分の中だけで解決しよう。

自己完結しよう。

としてしまうこと。

もちろん、それでしんどくなければいいと思うけど、

私の場合は、全部私のせいなんだ。
全部私の考え方のせいなんだ。

と、なってしまってた。

手放そうとしても、手放す方法がわからなくて、

ずっと私の「こうあるべき」に反する出来事にモヤモヤザワザワしてた。

で、結局、私の場合は、そのままの負の感情をジェニーさんや同期にぶつけて、

まるごと受け止めてもらった感覚とともに、

私の「こうあるべき」も手放せた気がする。

つまりね、私は、

自分が手放したいなーと思ってる感情も、

種を探して芽を摘むんじゃなくて、

無いものにしようとするんじゃなくて、

ちゃんと咲かせたら、散って終わるんじゃないかなーと思った。

ネガティブの花もちゃんと咲かせる。

自分がマイナスだと思ってる部分もちゃんと表現する。

それは自分を信じるってことでもあると思う。

自分のネガティブを出しても大丈夫、を。