世には「察してちゃん」という「面倒な人種」がいる。
自分の状況を他人が察してくれて手伝ってくれるであろうと勝手に思い込み、
その通りにならないと不機嫌になってブチ切れる。
周りは何でその人が不機嫌なのか訳が分からなくて困惑するし、
下手にとばっちりを食らいたくないから、
まさに「腫れ物にさわる」感じで接する必要があるから、ものすごく疲れる。
果てしなく面倒。正直関わり合いになりたくない手合い。
昨日、その餌食になりかけた。
何でそんな面倒なのが生まれるかと言うと…
周りが「察して」先回りしてやってくれていたのと、
ブチ切れれば他人が思う通りやってくれると思い込んでいるから。
「察してちゃん」って、自分が困っていたら手伝ってくれて当然だと思っている。
その察してくれていた周囲に感謝もせず、手前が楽をしたいだけの、とんでもない甘えきった奴。
何故、そこまで言い切れるかと言うと、
私がかつてそうだったから。
「察して」なんかじゃ、何をして欲しいのか分からんのだよ!!
他の人が「察して」みて見当違いのモノを出されたら、結局ブチ切れるのだから、
さっさと何をして欲しいのか言って欲しい!
困っているのであれば、自分の口でまず困っているって、言うべし!
手伝って欲しいのであれば、丁寧に言うべし!
ブチ切れたまま、命令口調で言うのは論外だが…
丁寧にお願いして断られたら、それだけのこと。相手にだって事情はあるんだから。
今でも私も「察してちゃん」の氣は、あるけれども…
自分の中にある、満たされなかった感情を感じていくうちに、そういう面が薄れていったように思う。
自分が満たされないから、「他の人に満たしてもらおう」とする訳だから。
だったら、「自分の感じていることを素直にアラワす。」
それで済む話じゃないの。
昨日の今日で、相手をしていて正直気分が悪くなったので、筆致が荒れているが…
ま、周囲としたら、そういう面倒なのは相手にしないのが一番。
そういう手合いだと分かったら、「察した結果の行動」は一切しません。
むしろ、「察する」こと自体放棄します。
だって、そんな相手に労力を割くだけ、ムダですから。
ちゃんとお願いされたのであれば、その時に考えればいい話。
万一絡まれて、嫌だったら「嫌」と言えばいいだけの話。
それでも、相手にするの疲れるんだな、これが。(苦笑)