夫が車を買い替えた。

私は運転ができないので
車にはいつも乗っているだけだ。

それでも
今まで乗っていた車のことが大好きだった。


あの朝、
その車が行ってしまった。

13年の付き合いだった。

小さな軽自動車だった。
かわいくて、がんばりやだった。
私たち3人を乗せて
いつでもどこへでも連れて行ってくれた。

近所のスーパーにも
休日の日帰りの外出にも
旅行にも行った。

海沿いのバイパスも、険しい山道も、
エンジンをフル回転させて
一生懸命に走ってくれた。

雨の日も、雪の日も、雹が降った日も
走ってくれた。

車はどこに行っても
私たちを待っていてくれた。

駐車場に車を止めて、私たちは出かける。

用事をすませて駐車場に戻ってきたとき
車の姿が見えると、いつも安心した。

ただいま。
ここで待っていてくれてありがとう。
すごく楽しかったんだよ。

今見てきたことを報告するような気持ちで
車に乗り込んだ。

私たちだけが楽しい思いをしていても
車は文句ひとつ言わず
いつもきちんと決められた場所に止まって
私たちが戻ってくるのを待っていてくれた。

風雨にさらされても、炎天下に置かれても
じっとそこにいてくれた。

その健気な感じも大好きだった。


この連休は、
車と最後のドライブをしようと
あちこち遠出をした。

どこに行っても
うちの車は
大きなファミリーカーに囲まれて
お行儀よくちょこんと並んで
私たちを待っていてくれた。

おかえりなさい。待ってたよ。
楽しかった?

そんな声が聞こえる気がした。





もう会えない。
さびしい。かなしい。
こんなのは嫌だ。


お別れする前の日、
車の魂を抜いて
新しい車に入れようと思いついた。

車から降りるときに
魂を家に持って帰ってきた。
もちろん、イメージで、だ。

車から丸い玉のようなものを
ふわっと取り出して
それを子どもが両手に抱えて家まで運んでくれて
神棚に置いた。

新しい車が来たら
これをまた入れればいいね、と言い合った。


でも、やめた。

それをしてはいけない気がした。

ちゃんとお別れしなければいけない。

あの車の魂を新しい車に入れることは
死んでしまった人を無理やりよみがえらせるのと
同じことな気がした。
悪魔的な儀式だと思った。

神様のお社を変えるのと同じつもりでいた。

でも、そうじゃない。
車は神様じゃない。


翌朝、神棚の魂を車体に戻した。

たくさんお礼を言った。
大好きだよと繰り返した。

夫に運転されて去っていく車を
姿が見えなくなるまで見送った。

もう、永遠に会えない。



あの車を買ったのは、結婚する少し前だ。
私の専業主婦歴とも重なる。

車がいなくなって
我が家の一つの時代が終わった。

まもなく新しい車がやってくる。

もうすぐ中学生になる子どもは
大人への階段を猛スピードで駆けあがるだろう。

私は、自分のビジネスを作り始めている。

夫は・・・よくわからないけど、
なんかあるだろう、多分。


ちゃんと終わらせなければいけない。
別れの悲しさを味わいたくないからと
おかしなことをしてはいけない。

終わりがあるから、始まりがある。

私はもう
これまでの私と違う生き方を始めるのだ。

もう始まってしまったのだ。

 
 
 

 

 

    

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