私のビジネスの師匠は
(生き方の師匠でもあるのだけど)
「わかろうとしない」ことを大切にしています。
わからないことがあると
わかりたくなります。
だけど、今の自分のレベルでは
本質を理解できないこともあります。
そんなとき、
無理やり自分が知っている何かに当てはめて
あぁ、あれと同じようなことね、と
わかったような気になるな、ということです。
小学生がやりがちですよね。
あぁ、あれね、知ってる知ってる、
(生き方の師匠でもあるのだけど)
「わかろうとしない」ことを大切にしています。
わからないことがあると
わかりたくなります。
だけど、今の自分のレベルでは
本質を理解できないこともあります。
そんなとき、
無理やり自分が知っている何かに当てはめて
あぁ、あれと同じようなことね、と
わかったような気になるな、ということです。
小学生がやりがちですよね。
あぁ、あれね、知ってる知ってる、
って言うけれど、
実際はテレビやネットで聞きかじっただけで
本人はそれを見たことも触ったこともありません。
自分の想像の範囲だけで考えて
わかった気になっています。
その子が成長して
実際はテレビやネットで聞きかじっただけで
本人はそれを見たことも触ったこともありません。
自分の想像の範囲だけで考えて
わかった気になっています。
その子が成長して
それを自分の体験として知ったとき
今までの自分は何もわかっていなかった・・・と
衝撃を受けるのです。
大人も「わかったふり」をします。
子どもよりも知識や経験がたくさんあるので、
新しい何かに出会ったとき
自信を持って
自分の辞書に載っている言葉で
自分の知っている何かをつなぎ合わせて
その新しい何かを解釈しようとします。
これは、和製英語に似ていると思うんです。
先日、英会話の番組を見ていたら
「convertible」という単語が出てきました。
日本語に訳すと「オープンカー」だそうです。
厳密には、convertible carです。
変えられる、改造できる車という意味です。
おいぃぃぃぃ!!!と思いました。
オープンカーという言葉を作った人は、
日本人にわかりやすいようにと
今までの自分は何もわかっていなかった・・・と
衝撃を受けるのです。
大人も「わかったふり」をします。
子どもよりも知識や経験がたくさんあるので、
新しい何かに出会ったとき
自信を持って
自分の辞書に載っている言葉で
自分の知っている何かをつなぎ合わせて
その新しい何かを解釈しようとします。
これは、和製英語に似ていると思うんです。
先日、英会話の番組を見ていたら
「convertible」という単語が出てきました。
日本語に訳すと「オープンカー」だそうです。
厳密には、convertible carです。
変えられる、改造できる車という意味です。
おいぃぃぃぃ!!!と思いました。
オープンカーという言葉を作った人は、
日本人にわかりやすいようにと
考えたのかもしれません。
「コンバーティブル」と言っても
なんのこっちゃ?となるけれど
「オープン」だったら、
窓とか全開~!って感じじゃん?
みたいなノリだったのかもしれません。
その結果「オープンカー」という言葉は
私たちが英語を学ぶ弊害となりました。
いい大人が
流暢な発音でドヤ顔で
「open car」と言い放ち、
英語ネイティブさんに
??という顔をされるなんて
とてもムダな恥じゃないですか。
英語の上達への近道は
恥を捨てて
「コンバーティブル」と言っても
なんのこっちゃ?となるけれど
「オープン」だったら、
窓とか全開~!って感じじゃん?
みたいなノリだったのかもしれません。
その結果「オープンカー」という言葉は
私たちが英語を学ぶ弊害となりました。
いい大人が
流暢な発音でドヤ顔で
「open car」と言い放ち、
英語ネイティブさんに
??という顔をされるなんて
とてもムダな恥じゃないですか。
英語の上達への近道は
恥を捨てて
トライアンドエラーを繰り返すことだとしても
こんな余計なトラップはいらないじゃないですか。

英語を勉強していると
よく和製英語に遭遇します。
そのたびに、ため息が出ます。
たのむから
普通に日本語を使ってくれ・・・と思います。
インターネットが普及し始めた頃から
カタカナ言葉が爆発的に増えたように思います。
訳すのが難しい言葉も増えました。
こんな余計なトラップはいらないじゃないですか。

アイハブ スペシャルワンダフルオープンカー!
英語を勉強していると
よく和製英語に遭遇します。
そのたびに、ため息が出ます。
たのむから
普通に日本語を使ってくれ・・・と思います。
インターネットが普及し始めた頃から
カタカナ言葉が爆発的に増えたように思います。
訳すのが難しい言葉も増えました。
だけど果たしてどれほどの人が
その意味を正確につかんでいるのか
疑問の残るところです。
・・・というように、
わかろうとすることは
とても恥ずかしいことであり
人生を迷宮入りさせる原因になります。
日常の些細な場面でも
こういうことは起こりがちです。
私は鑑定をするときに
仕入れたばかりの言葉や知識を
すぐに披露したくなりますが、
ぐっとこらえて
自分の中で腑に落ちるのを待ちます。
そうしないとインチキ占い師になるからです。
わからないことは、わからないままにしておく。
すると、何かのタイミングでわかるときがくる。
そのとき、深く理解できればいい。
知ったかぶりなどしなくていいのです。
堂々と、わからないままでいよう。
わかる言葉だけを使って生きていきましょう。
地に足を着けた人生を歩むために。
☆お問い合せはこちらからどうぞ😊