この記事の続きみたいな話です。
一生懸命に書いた字です。

筆跡は私とまったく似ていません。
書いていることも
私の考えることとはまったく違います。

そこには、子どもという独立した人間がいます。

子どものノートは、子どもの聖域です。
他にもあの子の聖域はたくさんあるけれど、
わかりやすく目に見えるものとして
ノートは圧倒的な存在です。

勉強机だってそう。
大事にしているぬいぐるみだってそう。
いつも着ている服だってそう。

子どもの物はほとんど全部、
本人が自分の意志で選んだものです。
自分だけが使うものです。
私なら絶対に選ばない趣味のものばかりです。


2人で選んで作ったオーダーメイドのノート。
左が私、右が子ども。
お互い、相手が選んだ柄はまったく好みじゃない🤣




子どもの選んだものが
自分の好みと似ているとき、
私は、自分が子どもの聖域に
侵入してしまったことを知ります。

四柱推命的に見ても
私たち親子は似ていないからです。

親の影響を受けずに育つ子どもはいません。
そうわかっていても、
自分が子どもに与えた影響が
子どもにとっていいものかどうか、
とても気になります。

そんなことを思っている時点で、
私は子どものことをまるで信頼していない
毒親なのですが。

子どもが選ぶものはすべて肯定したい。
子どもがしたことにはすべて
それでいいんだよと言ってあげたい。

そうしてあげたい、と
強く思い続けなければいけないくらい
私はいつも頭の中で子どもを否定していました。


自分がどれくらい
子どもの聖域に立ち入っているか、
わかりません。

子どもが私のことを好きだと言ってくれるとき、
私は子どもの領土に
侵入しているのではないかと
恐ろしくなります。

きちんと許可を得て
正当な手順を踏んでいるのか、
それとも不法侵入して
我がもの顔で居座っているのか。


子どもの聖域には、親であろうが、
絶対に立ち入ってはいけません。

他人の聖域には
だれも立ち入ってはいけないのです。

自分の聖域には
だれも立ち入らせてはいけないのです。

国境を守るから、世界は平和でいられます。
その線を犯した瞬間、争いと支配が始まります。

子どもは賢いので、
絶対に立ち入らせたくない領域は
きっとしっかり守っているでしょう。
子育てにおける私の心配は
だいたい杞憂に終わるので、
この件に関してもそうだと思いたいです。


私は、子どもの字を見るたびに、
私と子どもが別の人間であることを自覚し、
二人の間にある確かな線を認識します。

すぐに忘れそうになるその線は、
絶対に踏み越えてはならない聖域の印です。
 


 


 

四柱推命 個人鑑定

 

 

 

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