家族が無事でありますように!とか
家族の病気が早く治りますように!とか
願うことは
一見、いいことのように思える。

けれど、実はこれは
ものすごく相手の幸せを阻害しているんだよ、
という話を今日はしたい。



例えばうちの母は、
私や子が病気になったりすると、
毎朝、仏壇に向かって手を合わせて
○○の病気が早くよくなりますように、と
熱心にご先祖に願っていたらしい。


心温まるシチュエーションじゃないですか最高
と思うかもしれないが、
この時、見えない世界で起きている作用を
考えてみる。


まず、病気になった側の立場から見てみる。

自分が病気になったとして、
それは本人の因果である。

本人の人生の中で、
今、そうなった方が最善である、という現象が
起きているだけ。
もしかしたら病気になることで
気付くことがあるのかもしれない。
病院に行くことで
大事に至るのを防げるかもしれないし、
寝込んでいることで
事故に遭遇しなくてすんだのかもしれない。

それが何なのかは私たちにはわからないけど、
とにかく、その人の人生の流れの中で
起きるべくして起きている。

それに対して無理やり、
その流れは嫌なので早く治してください、
と願うとする。
しかも、本人ではなく、他の人間が、だ。

それまで自然と流れていた本人の人生の運気が
誰かからの念によって捻じ曲げられる。
本当はあと3日かけて
治さなければいけなかった病気を
1日で治してしまう。

じゃあ、寝込むはずだったあと2日分のズレは
どうなるんだろう。

なかったことになどできない。

それは別の形で、本人に降りかかることになる。
もしかしたら
あと2日寝込むほうがマシなくらいの代償を
払うことになるかもしれない。

人生の流れを捻じ曲げるのは、
自然の摂理に逆らうのと同じこと。
世界で起きている
自然災害の原因を見ればわかる。
人間が自然の形を無理やり変えてしまった結果。

それと同じことが、人生においても起こるのだ。






今度は反対に、
願った人側の立場から見てみる。

そもそもこの人はなぜ
家族の病気が早く治ってほしいと願うのか。

自分が苦しいからだ。
大切な人のことを心配し続けるのが嫌だからだ。
不安でい続けることに耐えられないからだ。

同時に、
自分の善人ぶりを主張するためでもある。
家族のために毎日祈っているのよ、
私いい人でしょう?
というアピールだ。
(うちの母は実際、後になって「毎日仏壇にお願いしてたのよ」と私に報告してくる。純粋に治ってほしいと願っていたなら、そんなことをわざわざ人に打ち明ける必要はない。)

そして、願った結果、
本当に早く治ってしまったとすれば、
その時、二人の間に何が起こっているのか。

主従関係の契約だ。
軽めの呪いとも言う。

願い手は
「私の思い通りに動け(=早くからだを治せ)」
という強烈な念を放っている。
受け手がもしそれに対応してしまうなら、
「わかりました、あなたの言うとおりにします」
と言っていることになる。

そして実際に、早く良くなる。



願い手は嬉々として言うだろう。
私が神様にお願いしたからだわ、
あぁよかった、と。





そして受け手は、
願い手の支配下に落ちてしまう。
それだけでなく、
自然を捻じ曲げて早く良くなってしまった分の
代償を、後で受け取る。


これが親子の間で繰り返されるうちに、
子はどんどん親の支配下に置かれていく。

親の願いをなんでも聞き入れて
どんどん自分の人生の道筋を捻じ曲げ、
狂わせていく。

しかも我が家の場合、
母は仏壇に向かってこれをやっているので、
ご先祖も総動員で
私の人生を捻じ曲げにかかっている。
恐ろしいことである。


こんなものはもちろん
「祈り」とは似ても似つかぬものだ。

本当に相手を思うなら、
全ては起こるべくして起こっていることを認めて
すべてが迅速に最善に向かうように願うことだ。

それができないならもう、
ほっといてくれた方がマシなのだ。



このことがわかってから、
私が願うのはいつも同じ。

私の大切な人たちにとって
最善のことが起こりますように。
そして、
何があっても乗り越えられる
器のでっかい私であれますように。

 
 
 
 

 

ご自分の命式はここから調べてみてください!

 

 

 

☆各種セッションのお申込☆

 

・個人セッション(ZOOM)

・カードリーディング(ZOOM)

・運気予報(メール)

を受付中です。

 

↓こちらのフォームからお申込ください↓

 

 

 

 

 

 

 

☆ブログや四柱推命に関するご感想、ご質問など

こちらで受け付けています😊

友だち追加