年柱の星についてこちらの記事に書きました。
【偏印】と【正官】です。



正官については、本当に本当に、
親と先祖の呪縛に絡めとられていたと思います。

私は正官の星を
親や先祖の望みを叶えるためにしか
使っていませんでした。

今までの人生を振り返ると
いろんな場面で正官の性質が
とてもよく表れていました。

子どもの頃から正義感は強かったし、
結婚観については前にブログに書いた通り、
絶対にするものだと思っていました。

けれど、
だから正官を使えている、これでいいんだ、
とは到底思えなかった。

私は正官の星が嫌いでした。
今でもうんざりすることがあります。

それは、使い方がおかしかったから。

自分のためではなく
親と先祖に認められ愛されるために
使ってきたから。

代々受け継いだ正義の観念、
親を喜ばせるための結婚、
先祖を守るためのルール。

それをあたかも自分の考えのように
脳内に染み込ませて
それに見合った行動をしてきました。



そのことに気付いたら、
この星をひっくり返す必要があります。

今までとは逆のやり方で正官を使うのです。

それは例えば
独自の結婚観を体現することだったり、
自分だけのための正義を貫くことだったり、
先祖が積み重ねてきたものをぶち壊すような
ルールを作ることだったりします。

めちゃくちゃ怖いです。

それが私の今の課題であり、
ここを越えなければ
本当の意味で自分を生きることはできません。






そして同じく年柱にある偏印。

人畜無害だと思っていたこの星も
実は曲者だったことに
最近になって気が付きました。

私は偏印を現実逃避の手段として
活用してきたのです。

自分が呪縛に囚われていることに
気付かずにいるために、
私はいつも意識を宇宙に飛ばしていました。
ここではないどこかを明確にイメージして
いつかそれを実現するんだと
固く思い込んでいました。

それは例えば、
2次元の世界で生きるような。

冷静に考えれば
そんなことは無理だとわかります。
2次元キャラを
3次元的に知覚する技術はあっても、
そのキャラと実際の人間のように関わることは
できない。

それでもなぜか、叶うような気がしていました。

こんなにも願っているんだから
いつか叶うかもしれない。
いつか奇跡が起きるかもしれない。
神様や見えない存在が
何とかしてくれるかもしれない。
強く強く願えば、きっと。

狂気の沙汰です。

私は目の前の現実から目を背けるために
未来の可能性を妄想し続けてきました。

事実を認めたくないから、偏印を使いました。

「ふわスピ」なんて
かわいらしい言葉では足りないくらいに
ヤバいやつです。

子どもの頃から
想像力が豊かだね、とか、
おもしろい視点を持っているね、と
大人に褒められてきました。

実際の私は
夢想癖が強烈に強くて
現実が見えていないだけでした。

呪縛で身動きできなくなっている自分を
見たくなかっただけでした。

呪縛を受けることを自分で望んでいることも
絶対に認めたくありませんでした。

私の偏印は
いつもフル稼働していました。

だから私は偏印の星が好きでした。

自分の痛みを麻痺させてくれるから。
苦しい現実から逃げさせてくれるから。

でも、正官も偏印も、どちらもおかしかった。



こんなにも年柱の星たちが重いのは
私が【生日中殺】という宿命を持っていることに
関係するかもしれません。
私の年柱(親、先祖)からみた日柱(私)は
天中殺にあたるのです。
【生年中殺】をお持ちの方も
同じような現象があるかもしれませんね。



私にとって四柱推命は
単なる娯楽や自己肯定の道具ではなくて
本当の自分を生きるための
明確な指標です。

娯楽として楽しんで終わり、でもいい。
だけど、勿体なくないですか?
その人生で本当に満足ですか?

少しでもモヤッとしたら
もう一度、命式を見ながら
自分の奥底を感じてみてください。

しっかり見極めて
じっくり取り組んでいきましょう。

 

正官と偏印については
この辺りに詳しく書いております。

 






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