「今日のぼく」・・・慈悲に包まれて・・・ドキドキ



今日の観音様のご縁日での法話は・・・

「亡くなっても、ひとりの旅ではない」ということでした。


小学3年生の女の子のお母さんが、交通事故で

亡くなりました・・・

まだ、幼い女の子はただただ・・・

お母さんがひとりであの世に旅立つことが

可哀そうで、お母さんお母さんと呼び続けます・・・


しかし、私たちはひとりでは旅立ちません・・・

必ず観音様であり阿弥陀様である

仏様と一緒なのです。



そのことを教えてあげると、女の子は

気持ちが落ち着いたというのです・・・ドキドキ


誰でも「ひとりになる」ことが、生きていても、

死んだ後も怖いと思うのです・・・



しかし、このお話のようにいつでも傍に仏様が

いらっしゃることを信じることで恐怖が救われます。

そんなはずはないと、思うことも自由です。



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女の子に

「寂しくなったり、話を聞いてほしいと思った時には

「南無観世音菩薩」と唱えましょう・・・

すると、お母さんのお顔が目の前に現れますよ・・・

そして、なんでもお話ししましょう・・・

すべてを聞いてくれますよ・・・」と話されました。


目に見えない出来事に惑わされたり、悩んだり、

悲しんだりしながら私たちは生きています・・・


間違って一方通行の欲に満ちた話であっても、

受け止めてくださいます。

ある人は仏様は「ゴミ箱様」と表現されました・・・

良いも悪いもありません。

それほど全てを受け入れてくださるということです。


「この願いを聞いてください」と言うばかりの私たちは

たとえ、その願いが叶ったとしても、次々と

願い事をしていきます・・・

なんと、愚かなことでしょうか?



解かる人の中には、その願いの成就のためには

「一番好きなものを断ちます」と決意することを知っています・・・

それほどの覚悟をもって生きている人は少ないですね^^


なかなか分かっていてもできないことですね・・・^^


ちなみに、亡くなるとまず最初にお地蔵様が

お見えになるといわれます。

地蔵菩薩はすべての人を救われるために、

手に水かきが付いているといわれます

(実際にその仏像があります)



現実を生きる私たちは、何かに救いを求めます。

そのご縁が仏教であったり、キリストさまであったり、

その他の神様であるだけで・・・

どこにご縁があるかだけのことと思います。

ご縁のない方もいらっしゃいます・・・



ぼくにとって、仏教にご縁をいただいたことで

自分を振り返る機会を与えていただき

業(ごう)の深さを知りました・・・

業は行いです。



愛ある慈悲に満ちた行いをしていきたいと願います。

普門寺のご本尊が観音様ですので

「観音様の御心を心といたします」を

実践したいと思うのです。


まだまだ・・・修行中・・・にひひ






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