白血病サバイバーと呼ばれることがイヤ。
そんな記事を先日書きました。
書いた後に、どうしてそんなにイヤなのかなぁと考えていました。
そしたらこんな気持ちが浮かびました。
同情されたくない。
病気で大変だったね。
病気でかわいそうだったね。
そんな風に思われるのがイヤでした。
他には、病気のことで迷惑をかけたり心配されるのもイヤでした。
病気のことを友人や知人に話すと、泣かれてしまったり、とても心配されたり、というような事がありました。
その度に、申し訳ない気持ちがありました。
ショックを与えちゃったかな。
悲しませちゃったかな。
苦しませちゃったかな。
迷惑だったかな。
あー言わなきゃよかったな。
そんな気持ちになります。
同情されたくない。
悲しませたくない。
迷惑かけたくない。
そんな気持ちの裏側には、何があるのかな?と心をのぞいてみました。
そしたら、私は人を悲しませて、迷惑かける人。
こういう前提、思い込みを持っているということに気付きました。
さらに掘り下げていくと、大切な人たちを悲しませたり、迷惑かけたりしても、私は生きる価値がある、そう思いたいんだと言うことにも気付きました。
私は白血病を体験することで
私は生きていてもいい存在なんだ
生きているだけで価値があるんだ
という思いを手に入れたかったのかもしれません。
死ぬ思いまでして手に入れたかったのは、生きていてもいいという許可。
矛盾しているようで深いようで、、、。
誰に許可なく、生きてもいいのにね。
何をそんなに苦しんでいるんだろう。
尽きかけた命。
生きている今日。
遊ぶように楽しんで生きよう(^^)v
