「自己評価を下げない」と言う事を書いてみる。
人は自分でも気づかないうちに 自分で自分の自己評価を下げてしまっている事がある。
これが 厄介な所で自分でも気が付いていないという所だ。
上手くいく人生が誰でもあるのに自分で上手くいく方を選ばない。
勿論 自己評価 だけが上手く運ばない自分の全ての原因ではないが 上手く活かせる自分を知ってる方が楽である。
自分の1つとして マイナスの意識からでは上手くいくものも上手くいかない。
「こんな私・俺はダメだ」
「私・俺だと迷惑がかかる」
「私・俺はこうだから…」
そのダメと自分でしてしまった所が勿体無い。
自分でも気がつかないうちに意識しまってるダメな自分を何とかしようと
無駄に力を入れて頑張ったり
自分を卑下したり
自分を否定してしまったりする。
こんな自分はダメだから ダメだからと。
だけど 人はそうではない。
それは自分と自分の世界を知らないだけの事。
知ろうとする努力が間違ってるだけの事。
知ろうとする努力をしていないだけの事だ。
この世界には他人と他人の人生(世界)がある。
それは普通にある事で当たり前の事。
他人と他人の人生を見るは今の自分を見て違うという事を知る事でしかない。
自分の今の現状や状態が そうだという所でしかなく 他人と比べての自分を否定しダメだとする事ではない。
マイナスの意識で自分を見るのは無駄な事である。
それと同時に
無駄に羨ましく思ったり
悔しく思ったり
相手をバカにしたり
噂話をしたりする事も
同等で自己評価を自分で下げてしまう。
上と表現するなら 自分が上に居る存在なら腹も立たず親の様な暖かな気持ちで見守る事ができるのは普通の事だ。
器の大きな存在としてあり 不安や不満もなく他人の一生懸命を微笑ましくも想えてくるはずだ。
そして
自分ももっと自分を磨こうと努力するはすだ。
あえて上から階段を降りてきて どうこう言う必要も想う必要もない。
人生は誰でも1回目だから失敗もするし1回目だから日々勉強でしかないのだ。
違いを見るとは
あの人は足が速い。自分は足が遅い。
あの人はよく笑う。自分はあまり笑わない。
という風に ただそうだという事実でしかない。
それが違いという事。
あれは赤。これは緑。
という事と同じで 色が違うという事でしかなく 他人と比べて違う自分を否定する必要はない。
人は自分と自分の人生の目の前の事やるだけでしかないのだ。
自分と自分の人生は1度きりであり それは自分という存在でしか出来ない事実。
だから良いも悪いもなく もしくは良いも悪いも丸ごと全部自分を受け入れる。
誰も自分という存在は生きれないという事が本質として根底にある事実を見なければならないのだ。
自己評価は気づかないで下げてしまいがちだが 今の自分を見て 今からのスタートでしかない。
自分を磨き一般的に意識や精神が高くなっていったとしても そういう今だ というだけでしかなく自己評価を下げる必要もない。
自分を丸ごと受け入れる。
自分を丸ごと認める。
人の存在はただそう言うものだだけ。
活かすか活かさないかだけの事。
気づかないし 気づきにくいから
日々 気づく事を大切にすれば良いし
気づかないし 気づきにくいから
他人で自分に気付きを与えてくれる人を頼れば
自分の変化も速くなる。
そして
誰でもどんな人も上手くいく人生がある という中を生きているのです。
katsu

